第2話 貴族の誇り ※一部マリーナ視点
その後の謁見の記憶は曖昧で、ほとんど覚えていない。
今、私はリヴァルト公爵家の屋敷に戻り、父の書斎にいる。
「お前はなんてことをしてくれたんだ」
「申し訳ありません」
「あそこで私が話を逸らさなければ、今頃リヴァルト公爵家は〝裏切りの公爵家〟として汚名を被るところだったぞ」
あの時、父は爵位を守るために話題を変えたのだろうか。
娘である私よりも、自分の爵位を守ることを選んだのかもしれない。
そもそも私が勝手な行動を取ったのが原因だから仕方ない。
「それに、お前にはここを出て行ってもらう」
「えっ?」
「謁見で話したことは事実だ。マリーナは子を孕んでいる。そんな状態で裏切り者のお前が近くにいるのは不都合だ」
私は婚約者だけでなく、爵位や住む場所さえも失うことになるのか。
やはり私は両親にも愛されていなかった。
――トントン!
「お父様、失礼します」
扉を開けて入ってきたのは、妹のマリーナと、かつての婚約者だった。
彼は優しくマリーナの肩を抱き寄せ、まるで宝物を扱うかのように彼女をエスコートしている。
「お姉様、おかえりなさいませ」
マリーナの優しげな微笑みに、胸が締め付けられる。
本来なら私がその場所にいるはずだったのに……。
いや、そんなことはないか。
彼女には人を惹きつける才能があり、その結果あの場所に立っているのだと理解している。
それでも、このどうしようもない感情をどう処理すれば良いのかわからなかった。
私はゆっくりとマリーナに近づいた。
せめて、好きだったかつての婚約者と妹の子どもに祝福を与えようと思った。
彼らの子どもには何の罪もないのだから……。
だが、現実はそう甘くはなかった。
「お姉様、やめて!」
突然、マリーナが後ろに倒れ込んだ。
元婚約者に支えられていた彼女は、お腹を庇うように手を当て顔を伏せている。
「あなたは僕たちを裏切ったのに、今度は生まれてくる子どもまで手にかけようとするつもりですか!」
「いいの。これは私のせいなの」
この人たちは一体何を言っているのだろう。
私はただマリーナのお腹に手を伸ばしただけで、まだ触れてすらいないのに……。
まるで私を魔物だと言わんばかりの目で元婚約者は睨んでいた。
「私がお姉様を推薦したから怒っているのよ。それにこんなことになって大切な婚約者まで……」
「君は何も悪くない。君に好意を抱いたのは僕の勝手だからな」
マリーナが私を推薦した……?
それは王命だったはずだが……。
「お前はもうリヴァルト公爵家には必要ない。今すぐここから出て行け!」
父の声が響くと、リヴァルト公爵家の騎士たちが私の腕を乱暴に掴んだ。
ああ、私は本当にすべてを失ってしまったのか。
「手を離してください。自分で歩けます」
強く握っている騎士はどうすれば良いのかわからず困惑していた。
そんな騎士からスルッと腕を抜き取り歩いていく。
せめてリヴァルト公爵家の長女として……。
自分の足でこの屋敷を去ろう。
すべてを失っても、私の心だけは折れないように。
♢
「ははは、姉様も無様な姿ね」
屋敷から去っていく姉の背中は凛としていた。
最後まで貴族としての誇りを捨てないその姿が、ますます私を嘲笑わせた。
本来、魔王討伐隊に参加するのは私だった。
だが、私は姉が立候補していると嘘をつき、勅令が来る前に両親から推薦届を出させたのだ。
その結果、姉が討伐隊の聖女として選ばれた。
あの時も凛とした態度を崩さない姉の姿に、私は激しい怒りを覚えた。
いつも私にはないものばかりを手にし、すべてを奪ってきた姉。
はじめに彼をみつけたのは私なのに、婚約者すら選べない人生。
私なりに勉強をどれだけ頑張っても誰からも認められず、爵位を継げない私は政略結婚の道具としてしか見られていなかった。
そんな姉のことが私は憎くて仕方なかった。
でも、私には姉にない持ち前の明るさと愛嬌がある。
それを使ってすべてを奪ってやると決めていた。
「私が嘘をついていることに、誰も気づいていないなんてね」
私は手紙を暖炉の中に投げ入れる。
勇者から何通もリヴァルト公爵家宛に手紙が届いていた。
それを読んで勇者が姉に好意を抱いていることをすぐに見抜いた。
だから、それを利用してやったのだ。
姉が爵位を継がなければ婚約がなくなる。
そうなれば、勇者と姉が結ばれるかもしれないとすぐに返事を送った。
勇者が怪我をすることで使命感の強い姉なら治療するだろう。
そこで彼を支えようという気持ちから仲を深められると考えた。
知識もない勇者は私の言うとおりに動いたのだろう。
だが、実際に返ってきた手紙には違うことが書かれていた。
姉が隠れて相手国の民間人を治療していたとは驚いた。
やはり使命感の強い心優しい聖女様は違った。
そして私は事実と混ぜることで、より信憑性が増した姉に関する嘘の情報を広めた。
「姉は命令に背いて討伐隊の治療行為を拒否して、敵国の治療を行なっている。毎日、町の男たちと遊び回っている」
あとは噂が勝手に広まり、〝裏切り者の悪役聖女〟の完成だ。
婚約者も噂に耐えられなくなったのか、甘い言葉をかけたらすぐに私のものになったわ。
「ああ、なんて素晴らしい日なの」
燃え上がる手紙を見つめながら、私はお腹の中にいる子どもを優しく撫でた。
手紙が完全に燃え尽きるのを見ながら、私は笑みが止まらない。
今度は私がすべてを手に入れる番だ。
姉が失ったものを全て手に入れ、思い通りの人生を歩んでいく。
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【あとがき】
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