第31話 生きる価値と死ぬ価値・3
「俺はね、忠告しに来てあげたんです。悟さん、貴方がたのしている事は悪意ある組織に狙われています。倖月政人の様に、カルテを偽証すれば貴方がたが殺して証拠隠滅してくれる。実に都合の良い話じゃありませんか」
黒木に此処まで言われても、俺と洸太郎は眉一つ動かさなかった。そして洸太郎は黒木の腕を掴み、そろそろ牢屋に行く時間だと言った。
「勘違いするなよ、金魚のフン。俺は愛する悟さんを助けに来たんだ。さっき俺の言った情報は本当だよ。だから悟さん、早い事此の場所を引き払った方がいい」
「黒木さん、では僕達と取引しませんか?貴方が此処にいる間、一切の暴力行為その他を禁じます。素直に監視部屋で大人しくしてくれるなら、貴方の希望通り1週間程宿泊させてあげます。ただし2階から下に降りるのは禁止。風呂は無いので、洗面所で体でも拭いて下さい」
黒木は大人しく頷き、洸太郎に連れられて監禁部屋へと入っていった。其れを確認した俺は下に降り、店を片付けている游に声を掛けた。
「ジャンプ、今餌食ってんだっけ?」
「そうっすね、今3匹の飯の時間っす。もしかして癒しを求めて来たんですか?」
游が楽し気にそう言うと、俺はまあなと言って3匹の猫の居る狭い奥部屋へと入っていった。そしてジャンプの傍に座り、首輪の裏に付けている小型チップを外していった。
倖月政人の病状が嘘だという事は、俺と洸太郎は最初から知っていた。どうせこういう事もあるだろうと、腕の良い医師と連携を組んでいるからだ。
俺が詐病なら実行出来ないと伝えると、倖月政人はそれでもどうしても実行してほしいと懇願してきた。此処で安楽死しなければ、自分は極悪組織に五体をバラバラにされるのだという。
倖月のいう事が真実だった為、俺は詐病と分かった上で倖月を安楽死させた。此の事を知っているという事は、やはり黒川は裏社会の人間とかなり繋がりが有るという事だった。
(何処へ拠点を移したところで、どうせ俺達の顔はもう広く知られている。俺達は何処へも行かない……………最後まで此処でやるべきことをやる)
ジャンプの首輪から外したチップは、いざという時のお守りの様なものだった。俺は其れをポケットにしまい、寄り添ってくるジャンプの頭を優しく撫でてやった。
「ジャンプだけやけに悟さんに懐いてますよね。あとの2匹は全然近寄らないのに」
「こいつ隻眼だからだよ。傷ついた者同士、ウマが合うってことなんだと思うぜ」
ジャンプは真冬の道路の角で、片目を失った状態で蹲っていた。其れを見つけた游が即座に拾い、タクシーを飛ばして動物病院に連れて行ったのだった。
サンデーとチャンピオンは俺には全く懐かないが、此のジャンプだけは俺の傍にくっついて離れなかった。俺はジャンプの頭をよしよしと撫で、ふうと密かに息を付いていった。
「黒木、お前。倖月に関わる誰かを探して此処に来たんだろ。俺の見たところ、お前は本当に殺人しか能力が無い。それも女や子供ばかり、弱い人間しか殺せないんだ」
「嫌な言い方だなあ、悟さん。俺は嫌いな人間ばかりを殺してるんです。女も子供も嫌いだし、上流階級の人間も全員嫌いです。
倖月はね、俺がこの世で最も嫌いな人間と繋がっていたんですよ。だから手がかりが欲しくて来たんですけど、悟さんの言う通り此処にいても無駄みたいですね」
世話になった礼として、黒木は俺に機密情報の入ったアクセスコードを渡してくれた。其れを開いた瞬間、非常に悪趣味な人身売買の動画が流れていった。
「なまじ金持ちの美形に生まれたせいで、こういう悪質な組織に目を付けられるんですよ。だから言ったでしょう、俺はこのガキ供を地獄から救ってやったんです」
「其れは違う、お前は報酬が目当てで殺人を犯している筈だ。こんな危ない連中と関わってまで、一体お前は何の為に金を稼いでいるんだ」
俺がそう言うと、珍しく黒木の顔が強張っていった。そして俺の眼を睨みつけながら、金だけがこの世の正義だと言った。
「このガキ供は生まれる価値も死ぬ価値も無い。まああるとしたら、俺の報酬になる定めくらいのものでしょう。人間は愚かですね、悟さん。このガキ供の親、もうセックスして新しい子供を作っているんですよ」
そう言って黒木は生首の入った袋をリュックに入れ、其れを背負って俺達の前から姿を消していった。
俺は黒木の事は心底どうでもいいが、あいつの言ったあの言葉だけは真実だと今も思っている。所詮俺も黒木と同じで、生まれてくるという事に価値を見出せないのだ。
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