第30話 生きる価値と死ぬ価値・2
黒木は由香里と母親の居場所を既に突き止めている。万が一こいつを逆上でもさせれば、二人の命は一瞬で奪われる事は明白だった。
「てめーー、此処に来たのは俺に会う為だけじゃねえだろ。さっきちらっと見えたガキの生首。確かに腐りかけで汚ねえ状態だったが、家柄が良いってのは恐らく本当だ」
俺がそう判断したのは、生首の髪の毛の手入れが行き届いていたからだった。特に黒木が最初に見せた金髪の女児は、髪の毛に宝石の付いた飾りを付けていた。
「流石は俺の愛しい悟さん、あの一瞬でよく色々見抜きましたね。このガキ供の家が金持ちなのは本当です。居るんですよ、こういうのを愛でる変態野郎が。
俺はね、悟さん。とある依頼人の指示を受けて、こいつらの尊厳を救ってやったんです。ケツの穴まで掘られる前に、苦しみの無い世界に送り届ける」
「何が言いたいんだ、黒木。まさかとは思うが、お前……………自分のやっている事と、俺達のやっている事が同じだって言いたいんじゃねえだろうな」
俺がそう言うと、黒木は嬉しそうに笑みを浮かべた。そしてパンと手を叩き、救いと言う意味では同じだと言った。
「俺はプロですからね、対象者に痛みや苦しみは与えません。甚振って殺すのはアマチュアです。知っていますか、ネズミの締め方。上級者は0.001秒でやれるんですよ」
黒木にとっては人間の命など、その辺のネズミと全く同価値なのだった。だが俺達とこいつの決定的な違いは、対象者の尊厳を護っているかどうかという事なのだ。
「なんにしても、僕たちの所に貴方みたいな物騒な人が出入りされては困ります。と言ってもこの人の事ですから、言葉で何を言っても聞く耳持たないんでしょうけど」
「そういう事だよ、洸太郎君。でね、悟さん。僕を1週間程、此処に置いてくれないかな。勿論その間は大人しくしてますよ、何だったら下のお店も手伝うし」
「冗談じゃねえ。てめえみたいな殺人鬼、ウチの店で雇える訳がねえだろうが。日本に滞在するなら他を当たれ」
即座にしっしっと俺が手で払うと、その手を黒木がガシッと握りしめて来た。そして俺の眼を凝視し、此処でなければ困ると言った。
「1年半前、此処で安楽死させた男がいるでしょう。名前は倖月政人。治る見込みの無い悪性のガンに侵され、50手前で余命宣告された男です」
「…………………知らねえな、そんな奴。俺達は依頼人の情報は一切漏らさない。言っておくがハッキングしても無駄だ」
其れを聞いた黒木は、にいっと笑って俺の手を放していった。そして衣服の内ポケットをまさぐり、薄汚れた写真を俺の前に差し出していった。
其れはまさしく、俺達が安楽死させた倖月政人の姿だった。だが俺と洸太郎は顔色一つ変えず、そんな人間は知らないの一点張りを貫いた。
「こいつの職業は、郵便局の局員だった筈です。冴えない風貌で、何処にでもいるしがない中年。でもこいつの裏の顔はね、俺なんかよりもずっとずっと汚い殺人鬼なんですよ」
「だから知らねえし、こいつが何者でもどうでもいいって言ってるだろ」
「そうです、こいつの本性なんてどうでもいい。でもこいつが貴方がたに提出したカルテはね、俺の知り合いが作った偽造カルテなんですよ。
つまりこいつは不治の病でも何でもない。健康な人間を殺したんですよ、貴方がたがその手でね」
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