第32話 少年の遺言・1
ゼノ・クエリフスは15歳になったばかりの少年だった。俺達はゼノの父親から相談を持ち掛けられ、話し合いの結果ゼノを安楽死させる事で決定した。
ゼノの住む国は何十年も戦火が絶えない地域だった。彼も被弾によって右腕を失っており、包帯塗れの痛々しい姿で俺達の前に姿を現した。
通常なら到着してその日の夜に執行するのだが、今回ばかりはゼノの強い要望を受け入れることにした。彼は日本に強い興味を持っており、3日間だけ俺達から日本について話を聞きたいと申し出たのだ。
「何も無い殺風景な部屋ですけど、3日間は此処を使って下さい」
「そんな……………十分に雨風を凌げるし、フカフカのベッドもある……………俺達の国とは大違いです。俺に言わせれば、此処は高級ホテルと同じです」
洸太郎はゼノの言葉に頷きながら、デスクの上のノートパソコンの電源を入れていった。するとすぐにゼノが目を輝かせ、これがずっと欲しかったと叫んだ。
「インターネットに繋がっていますので、貴方の好きな様に使ってください。左手用のマウスも用意しておきましたよ」
「ありがとう……………ええと、洸太郎さん。夢を見ているみたいです、こんな素晴らしい環境でインターネットが出来るなんて」
ゼノは喜んでいたが、受け入れた側の俺は終始不機嫌だった。それはゼノに対する苛立ちではなく、ゼノの国とあいつの父親に対するものだった。
ゼノの家は由緒ある軍人の家計だった。あいつの親父も将校であり、ゼノの兄達は全員士官学校を卒業して軍人になっていた。
しかしゼノは生まれつき体が弱かった為、士官学校の入学試験に落ちてしまった。その為家ではかなり不遇な扱いを受けており、右腕を失った時ですらロクな言葉をかけてもらえなかった。
「ゼノの住む区域は間もなく大規模な戦争が始まる。あいつの親父は兄貴達を連れて安全圏に避難したが、ゼノは危険地域に置き去りにされたままだった。右腕が無いんじゃどうせ生き延びられない、だから安楽死させろと俺に言ってきたんだ」
「難民登録する事はゼノ君が断ったそうですね。さっき少し本人と話しましたが、彼はもう生きる事に何の未練も無いそうです。ただ日本の事を知って、インターネットが出来ればそれで満足だと。
哀れな話ですね…………言葉を交わしてわかりましたが、彼はとても利発な少年なのです。此処で命を失うのは正直惜しい…………個人的にはそう思ってしまいます」
俺も洸太郎と同じ気持ちを持っていたが、だからと言って俺達があいつの支援をするわけにはいかない。俺達が出来る事は安楽死の請負だけで、それ以外の事は本人が自力で行うより他になかった。
「今日はグーグルアースで沢山日本の世界遺産を観光しました。富士山・京都・北海道・沖縄。日本は美しい国ですね。皆が日本に来たがる気持ちがよくわかります」
「まあ観光で来るには最高な国だと思うぜ。日本人は大体親切だし、何処へ行っても環境美化に力を入れている」
「そんなに素敵な国なのに、年間自殺者は先進国トップですよね。国民の幸福度もとても低い……………俺にはその理由がサッパリわかりません。こんなにも恵まれている国なのに」
治安の悪い国からくる外国人には、決まって同じことを言われる。日本は平和で豊かな素晴らしい国だ、自殺を望むなんて考えられないと。
「確かに戦争はねえし治安も良い。だがな、ゼノ。人が死にたいって思うのには、必ず相応の理由があるんだ。グーグルアースでお前が見た日本はな、日本って国の100億分の1にも満たねえもんなんだよ」
「確かに……………日本も今は沢山の問題を抱えていますね。最も深刻なのは超高齢化と、超少子化の2つだとおもいますけど」
洸太郎の言っていた通り、ゼノは頭脳明晰な少年だった。日本の人口のピラミッドを見て、これではこの先未来が無いと言った。
「信じられない…………俺の国では兄弟は5人以上が当たり前です。どうして日本人はこんなに子供を産まないのですか?
「育てるのに金が掛かるんだよ。日本は学歴社会だからな、金賭けていい大学に行かせるには数千万かかる。そしてその親の方が問題で、収入の少ない世帯が大半を占めているんだよ」
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