第21話 みんな、死にたくてしょうがない

8月のクソ暑い日に、俺はよりにもよって右手首を骨折してしまった。俺が手首を骨折するのは、此処へ来て此れが2回目の事になる。

1度目も2度目も、折った原因は同じだった。体格の良い人間をバラしていた時、力加減をミスって骨を折ってしまったのだ。

人間を解体した事のある奴はほとんど居ないだろうが、此の作業は本当に手間と労力が掛かる。専用の機械を使っている今ですら、図体の良い奴の解体は4時間以上掛かる。

1回目は左手だったが、今回は聞き手の右をやってしまった。俺は筋力には相当な自信が有るが、此ればかりはある意味どうしようもない。人間の体の構造は複雑で、切ってみなければ正直わからない。体に金属や機械が入っている奴もいる。非常に危険な作業なので、此れだけは絶対に俺がやると決めている。

「杉山さん、また手首折ったんですか。確か去年も左を折ってますよね。あの時はクロスバイクで転倒でしたけど、今度は一体何なんです?」

「同じだよ。夜チャリに乗ってたら、いきなり横から猫が飛び出して来やがった。其れを咄嗟に避けた瞬間、電柱と挟んでポッキリ」

当然俺が医師に話している事は嘘だった。別に理由など何でもいい、どうせ本当の事は死んでも話したりしないから。




現在の俺の住まいは結構な田舎街なので、総合病院には大量の爺と婆がごった返している。俺が精密検査を終えて結果を待っていると、隣に座っている爺が「死にたい」と家族に漏らしていた。

こんな会話は病院では普通に聞く。ガン患者に心臓病・脳梗塞・人工透析………重い病気は数えればキリが無い。治療費は高額になる上に、家族には迷惑ばかり掛ける。何もやりたい事は出来ないし、やっても体の何処かが常に痛いだろう。

後ろの席に座っている女も、小声で「死にたい」と呟いていた。夫らしき男が励ましていたが、病気の辛さは当人にしかわからない。

重い病気になったら、すぐに死ねる様にするのがいいと俺は心底思う。しかし病院にとって患者はカネヅルであり、政府にとっては病人であろうと納税者だ。

結局俺達は、生まれた時点で死ぬ事が決まっている。生まれるとはつまり、死に向かって日々を過ごすという事だ。

病院に来る度に、俺は気分が滅入って嫌になる。こんなに誰もが死にたがっているのに、何故人間はそう簡単に死ぬ事が出来ないのだろう。

知能の低い動物なら兎も角、人間には理性や羞恥心がある。弱り切った体を引きずって生きる事に、一体何の意味が有るというのだろうか。




俺はさくっと右手首を手術し、その翌日にはタクシーに乗って帰宅していた。おかえりなさいと出迎えてくれた游の傍には、一匹の茶色い猫が寄り添っていた。

「お前………また野良猫拾ってきたのか。此れで3匹目か、今度は何なんだ」

「捨てられてたんです、ホームセンターの駐車場に。今真夏で熱中症になっちゃうし、早く助けてやらなくちゃと思って…………」

俺は三角巾で釣った右手を摩りながら、ちゃんと躾だけはしろと游に言った。游は動物に優しい奴で、捨て犬や捨て猫を見ると放っておけない性格だった。

「おかえりなさい、悟さん。また暫くの間は苦労しますね、右手使えないと不自由だし。僕に出来る事だったら何でも言って下さいね」

「まあなんとかなるよ、一カ月もすれば普通に動くだろ。そういやお前、游が拾ってきた猫見たか」

「ああ、チャンピオンですよね。元々飼い猫だったみたいで、僕達に懐くの早かったですよ。病気も何も無かったし、ご飯もたくさん食べてます」

チャンピオンというのは、漫画雑誌の名前の事だ。ちなみに1匹目の捨て犬がジャンプで、2匹目の捨て猫がサンデー。游のネーミングセンスははっきり言って最悪だと俺は思う。

「捨てるんならよ、最初から動物なんか飼うんじゃねえっつうの。こんな炎天下に段ボールに放り込んで…………胸糞悪い話だ」

「悟さん、ほんと動物にだけは優しいですよね。あ、夕食出来てるんですぐに用意しますね。食べやすいように今夜は御粥にしておきました」

そう言って洸太郎はキッチンの方へと向かっていった。俺は誰もいないカウンター席に座り、はあと小さくため息をついた。

俺達は安楽死請負人をやってるのに、死にたいと願う奴は増える一方だ。結局俺達に出来ることは、捨て犬や捨て猫を拾う事だけなのかもしれない。

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