第11話 どうしても死ねない男 ①
慶宗洸太郎は、10代の最後に首吊りを決行した男である。しかし吊っている途中で怖くなり、結局椅子を蹴り飛ばせずに生き残ってしまった。
首吊は自殺の中では最も苦痛が少ないと言われているが、実際にやった人間にしかわからない恐怖がある。例えば絞める箇所をミスった場合、体重で首の骨を折ってしまう可能性もある。兎に角志願者が思っている程、楽に死ねる方法では全く無い。
店休日は俺と游が買い出しに行き、洸太郎には自由に過ごす許可を与えている。あいつはうちで最も良く働いているから、休日は好きにしろと言ってある。
其の日の休日、洸太郎はバイクで山奥をツーリングしに行っていた。此れが1番のリフレッシュになるらしく、この日も1人でお決まりの峠などを走っていた。
暫く走った後、ほぼ人の来ない山奥の駐車場にバイクを停めていった。此処で少し水分補給をした後、峠を下って下道に戻るのが定番コースだった。
洸太郎がバイクの傍でペットボトルの水を飲んでいると、珍しく紺色の軽自動車があいつの隣に停車していった。そして運転手はそそくさと車を降り、すみませんと言って洸太郎に話しかけていった。
「突然失礼しますが、この辺りにお住まいの方でしょうか。1番近いガソリンスタンド、何時まで営業しているかご存じです?」
男は見た目40半ばぐらいで、やや太めの坊主頭だった。この辺りはガソリンスタンドが非常に少なく、田舎なので閉まる時間も早かった。
「多分ですけど、17時には閉まるんじゃないかなと思います。この辺りは林業等の方しか殆ど通りませんので、夕方以降も開けている所はほぼ無いです」
「そうですか、ありがとうございます。じゃあ急がないと間に合わないですね。休憩中の所すみませんでした」
男が礼を言って車に戻ろうとすると、洸太郎が何かに気付いて彼の車に近付いていった。
「見て下さい、車の後輪の傍に白い蛇がいますよ。蛇はたまに見かけますけど、白いものはこの辺りでは初めて見ました。確か縁起がいいんですよね、お金が貯まる………とかそんな感じだったかな?」
「ほんとだ、私も初めて見ましたよ。金運が上がるなら、帰りに宝くじでも買ってみようかな。1億円でも当たったら、パーっと豪遊してみたいですね!」
中年の男はしゃがみ込み、のそのそと去って行く白い蛇を見ながらそう言った。その間洸太郎は、後部座席に積まれている荷物の方に目をやっていた。
(段ボールの中に入っているものは、多分大量の練炭………………それと目張り用のテープか。テントも寝袋も積んでいないし、どう見ても彼はキャンプ客じゃない)
「あーーーっ、あっという間に奥の方に行っちゃった。やっぱりそう簡単に、縁起のいい姿は拝ませてくれないですね」
「それもそうですが、あと30分で17時ですよ。此処は車が殆ど通りませんので、急げば必ず間に合います」
洸太郎の言葉を聞いて、中年の男はそうだったと言いながら立ち上がった。そして洸太郎にもう一度礼を言い、急いでその場から走り去っていった。
バイクに戻った洸太郎は、ナビでこの辺りの周辺地図を見ていった。自殺に適している箇所はいくつかあるが、ガソリンを補充するという事はまだ遠くまで行くつもりなのだろう。
洸太郎はそのままバイクで帰宅し、普段通りの生活を続けていた。時折ネットニュース等を見ていたが、山奥での練炭自殺の報道は一切されていなかった。
更に次の週も同じ様にツーリングに行き、先週と全く同じ場所で休憩を取っていた。するとまたあの紺の軽自動車が洸太郎のバイクの傍に停まり、中年の男が「どうも」と言って声を掛けて来た。
「僕はバイクなので、こういう峠道を走るのは楽しいですけど。軽自動車だと正直つまらなくないですか?景色だって雑木林ばかりですし」
「いや……………お決まりのドライブコースはね、人が多いので嫌なんです。カップルとか家族連れとか…………私見ての通り独身でね、ああいう人達を見ると暗い気持ちになっちゃうんですよ」
中年の男は自分の事を篠田と名乗った。良くある苗字なので、本当なのかどうかはわからない。篠田と洸太郎は古びたベンチに座り、飲み物を飲みながら話を続けていった。
「実は僕もああいう道を走るのが嫌いなんです。単純に自分だけで、人が居ない所を走るのが好きでして。うっとおしいんですよね、パーキングのゴチャゴチャした感じって」
「わかります、折角の休日が台無しになりますよね。私は趣味はドライブしかありませんから、せめて邪魔しないでよって気持ちで走ってます」
篠田は普段は倉庫で働いており、休みは絶対に平日にすると決めていた。土日に外に出ると、家族連れなどを見るのが嫌という理由だった。
「こんな歳で独身だとね、嫌でも負け犬の気分を味合わされるんですよ。私の20代は物凄く不況でね、恥ずかしながら今の職場も派遣社員なんです」
「超氷河期世代というものですよね。就職率は大卒でも60%ぐらいでしたか、今は95%越えですから数字を見ると気の毒ですよね」
「そうなんです………私の上司なんてね、24歳ですよ。毎日毎日顎でこき使われて、どうせ私の事は派遣と見下しているんです。たまたま生まれた時期が違うだけで、なんでこんな思いしなくちゃならないんですかね…………」
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