第10話 リストカットが好きな女②
游が言っていた通り、翌週の水曜にはるぴは来店した。洸太郎は直ぐに游を厨房に下がらせ、代わりに自分がホールを担当する事とした。
「あれーーー游ピッピは?はるぴ、ピッピとお話したくて来たんだけど」
「申し訳ありません、彼は今厨房で仕込み作業を行っているのです。僕で良ければ、お客様のお相手になりますよ」
「えーーーーやだ。游ピッピじゃないと嫌。色々頼みながら待ってるから、ピッピに手が空いたらテーブルに来てって伝えて」
はるぴはそう言って、メニュー表を見ながら彼是と注文していった。オーダーを受けた洸太郎は、珍しく苛ついた表情で游の方に近付いていった。
「あの女、此処を夜の店か何かと勘違いしてるよね。游君じゃないと接客は嫌だそうだから、適当なところで行って退散して貰って」
「洸太郎さん、あの子なんですけど……………駅の裏手にあるピンク街で働いているんですよ。この前外で会った時に、散々その愚痴を聞かされて。何ていうかその、最近流行りの地雷系です」
はるぴは待っている間も、自撮りをしたりSNSを弄ったりと忙しそうにしていた。洸太郎がクリームソーダを持っていくと、彼女は「游はまだか」としきりに声を荒げていった。
「煮込みには時間が掛かりますので、今すぐというわけには。2人でやっている店ですので、其の辺りはどうか大目に見て下さい」
「つまんないの!其処どいて、カメラに入っちゃうから」
はるぴはセルフィーを取り出し、スマホを嵌めてクリームソーダとの自撮りを撮っていった。其の写真は手早く加工し、速攻でSNSにUPしていった。
俺は店の事には一切関わらないが、仕事部屋から店内の様子はカメラで監視していた。はるぴの好き勝手な言動に、あの温厚な洸太郎がモニター越しでもわかる程苛立っていた。
(あーあ、どうせ残すのにこんなに注文して。此のリスカ女、相当游の事気に入ってる様だな。まーーあいつもホスト出身で面は良いし、接客も上手いから惚れるのはわからなくもねえが………)
カメラをはるぴに向けて拡大すると、確かに袖の隙間から包帯の様なものが見えていた。俺はスマホを手に取り、仕事中の洸太郎に電話を掛けていった。
「あのリスカ女を追い出す方法がある。うちの店は飲食物は撮影OKだが、客が写り込む場合は撮影禁止だ。それをやんわりと伝えて、あの女の居心地を悪くしてやれ。実際後ろの席の客たちも、あいつが自撮りする度に嫌そうな顔してるしな」
洸太郎は俺の言葉に頷き、はるぴの席に行ってやんわりとその旨を伝えていった。するとはるぴは自分のSNSの画面を見せ、他の客にはちゃんとモザイクを掛けていると主張した。
「…………ご配慮ありがとうございます。ただ他のお客様もおられますので、お写真を撮影される場合は写り込まない様にして頂ければと思います」
淡々と洸太郎はそう言った後、厨房に戻って先程見たはるぴのアカウントを検索していった。すると其処には目を覆いたくなる程、病み切って荒んだ投稿がずらりと並んでいた。
死にたい・首吊りたい・消えたい・屋上からダイブしたいetc 時折はるぴのリスカ画像も交えながら、キメ顔の自撮りとは相反する負の言葉が大量に書かれていた。
SNSが一般的になるにつれ、ファッションメンヘラと呼ばれる本気で病んでいない若者達が増えていった。UPされているはるぴのリスカは、それとなく薄皮を切って傷を付けているだけだった。
「こういう女はガチじゃねえから、少々の事があっても絶対に自殺なんかしやしねえ。此の女の正体がわかったから、もう游が普通に接客して構わねえぜ」
俺は洸太郎に電話でそう言い、游にホールに戻る様指示していった。すぐにはるぴが游を呼び付け、いつもの様に愚痴やらなんやらを一方的に話していった。
「あのリスカ女、ほっときゃ其の内此処には来なくなるよ。あいつはただ構って欲しいだけのガキンチョだ。新しい彼氏でも出来れば、すぐに游の事なんて忘れるよ」
「そうですね。游は本物のリストカットを知らないから、こんな表面上の写真だけで動揺したんですね。全く悲しいですね、こんな事でしか個を主張出来ないなんて」
俺と洸太郎の予想通り、はるぴはその3か月後にはぱったりと来店する事は無くなった。1度だけ買い出しの途中であの女を見かけたが、茶髪の新しい男を腕を組んで歩いていた。
「本気で決行した方って、こういった誰が見ているかわからない所で呟いたりしませんね。そんな事をしても無意味だし、何よりそんな事をする思考回路が残っていませんからね」
「どうでもいいよ、俺にとっては。時代は変わるんだ、自殺もリスカもエンタメ的に消費されていくんだろ。そうやって承認欲求だけ満たして、明日も暗い顔で生きて行きけばいいんじゃね」
呟いて生きようが死のうが、どうせ明日になったら誰も覚えていないのだ。SNSの世界は秒で更新されていく。はるぴのリスカの写真だって、1秒後には流れて終わりなのだ。
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