第9話 リストカットが好きな女①
俺達が安楽死を決行するのは、月に多くても2人というところだった。対象者からは1円も金を取っていない。無報酬でやるというのが、此処での俺の理念の1つだった。
此処での生活費は、俺の投資の収入が最もウエイトを占めていた。俺は株取引の他に、数か所から不動産収入を得ていた。
喫茶店の経営は、適度に黒字なら其れで良かった。喫茶店は単なる目眩しの為にやっているのであり、利益は全てメインで働いている游に渡していた。
店休日は木曜日であり、この日は車で食材を買い出しに行くと決まっていた。俺が車を運転し、助手席には游が座っていった。
「お前もそろそろ車の免許取れよ。貯金からそのくらいの金は出せるだろ」
「悟さん、俺中卒なんですよ。絶対試験受かりませんって、俺ほんとに超バカだから」
其れを聞いた俺は、仕方ないと言った口調で「確かにな」と言った。游はまともな教育を受けていないので、基本的な学力は殆ど0だった。
喫茶店の数字面は、全て洸太郎が行っている。あいつは何でも吞み込みが早く、俺が教えて1週間で全て出来る様になっていた。
游は頭はバカだったが、意外にも料理が得意な男だった。ホストの前は居酒屋でバイトをしており、其処で料理の基礎を全て教わったという。
「お客さんがね、土日だけでもバーとして店開けてくれないかって言うんです。ほら、此の辺ってお洒落なバー一件も無いじゃないですか」
「バカ、夜は駄目に決まってるだろ。うちは只の喫茶店じゃねえんだ、そこんとこしっかり頭に叩き込んどけよ」
俺達は市場で食材を仕入れた後、近くのスーパーに買い出しに行った。更に其の隣のドラッグストアに行き、消耗品や日用品をカゴの中に放り込んでいった。
「うわっ、Flipper's Cafeの游君じゃん!!何買いに来たの、今1人!?」
いきなり游にそう話しかけてきたのは、たまに1人で来る客の女だった。黒髪を姫カットにし、コスプレの様な良くわからない黒い服を着ていた。
ちなみにFlipper's Cafeというのは、俺が付けたうちの店の名前の事だ。名前の由来は当然ペンギンで、店内も黒と白を基調にしていた。
「いや、1人では無いです。すみません、今ちょっと急いでいますので」
「えーーー何々、もしかして女連れ!?游君超イケメンだもんね、ティッシュそんなに買って何すんの」
游が女に捕まっている間、俺は外でメンソールを吸っていた。正直俺は人目に付きたくないので、キャップを深く被ってグラサンを掛けていた。
(あの野郎、何もたもたしてやがる。10分で出て来いっつっただろーー、ったくしょうがねえな)
俺は備え付けの灰皿にメンソールを捨て、ポケットから車のキーを取り出していった。すると大きな買い物袋を抱えた游が、女に抱き着かれながら出てくるのが見えた。
(あのボケ、何こんな所で女といちゃついてるんだ。ってかあの女、店のカメラで見た事がある。あのわけのわからねえ服と靴、ああ絶対にあの女だ)
俺は知らん顔して車に戻り、スマホで游に電話を掛けていった。俺は店内の事には一切関わらないので、游にはバスに乗って帰って来いと言った。
游が戻ってきたのは、そろそろ日没になるという頃だった。此処での生活のルールとして、他者とは極力関わらないというのがある。俺達のしている事を考えれば、至極当然の決まりだった。
俺は自分の部屋に游を呼び付け、かなり強めに説教をした。游は俺や洸太郎の様な強い信念は殆ど持っていない。だからこいつは駄目だと判断した場合、有無を言わさず追い出すと俺は決めていた。
「すみません、はるぴちゃん凄くしつこくて。俺は何度も断ったんですけど、あっちからガンガン強めに来られちゃって………」
「言い訳は要らねえ。つうか客を名前で呼ぶんじゃねえ。今度今日みたいなヘマしたら、俺は遠慮なくお前をこの店から切る」
俺がそう言った瞬間、游はいきなり俺の迄土下座をしていった。そして半泣きの顔で、此処を追い出されたら行くところが無くなると言った。
「はるぴちゃん、両腕にめっちゃリスカの後があるんです。前に接客してた時、袖が捲れて其れが見えていました。
だから俺はあの子を冷たくあしらえなくて…………明らかに病気だから、万が一自殺でもされたらって思うと。俺其れが凄く怖くて」
両腕のリストカットと聞いて、俺は即座に一成の事を思い出した。そのはるぴとかいう女も、何かから逃れたくて腕を切っているのだろう。
「そういう理由ならしょうがねえ、今日の事は大目に見てやる。だが游、お前は必要以上にその女には近付くな。今度来店した時は、接客を洸太郎に代わって貰え」
「わかりました……………悟さん、ありがとうございます。折角トラウマから立ち直ったのに、ぶり返したら意味無いですもんね。洸太郎さんには俺から話します。はるぴちゃん、来週またカフェに来るって言っていたし…………」
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