第8話 オバサンでも恋がしたい②
母親をゲストルームに送り届けた後、俺はふっとため息を付いて仕事用の椅子に座った。すると洸太郎がお疲れですねと言って、俺の肩を軽く揉んでくれた。
「悟さん。いつもなら此のパターンはさっさと追い返すのに、あの母親だけは承諾してあげたのは何故ですか?」
「あのババアの切り替えの早さに、あいつの人間らしさを感じ取ったからだ。あの母親、娘が死んだ後1度もメソメソ泣いてないだろ。ああいうタマは生命力が強い、俺はそういう人間は嫌いじゃない」
俺は女の生命力の強さというものを、昔会った小曾根のババアから教わっていた。あいつは自分のガキを育児放棄しておきながら、自分だけはしぶとく金持ち男をゲットしていたのだ。
「日頃死にたいばっかり聞いてるからな、時には生きる気力みたいなものを見てみたくなるんだ。洸太郎、お前あのババアの話相手になってやれ。ガラの悪い俺よりも、お前みたいな奴の方が息子っぽくて喋りやすいだろ」
洸太郎がゲストルームをノックして室内に入ると、案の定母親はべらべらと様々な事を話し始めた。今まで話し相手すらろくに居なかったのだろう、心に溜まっていたものを此処で一気に吐き出した。
翌朝此のババアは、俺達3人の為に朝飯を作ってくれた。味噌汁と焼き魚の典型的な朝飯だったが、いかにもおふくろの味という感じで中々美味だった。
「料理上手なんですね、小夜子さん。この味噌汁、お替り貰ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ沢山食べて下さい。こんな事ぐらいしか御礼出来なくて…………そうだ、良ければお手洗いやキッチンのお掃除もしますよ」
こういった事はいつもは游が全部やっていたが、其の日から此の母親が代わりにやる様になった。流石に掃除も手慣れている様で、手際良く隅々までピカピカにしてくれた。
「此処の皆さんも店内も、とても素敵で過ごしやすいです。本当なら時折食事に来たいけど……………再来は駄目と規定で決まっているのですよね」
「ええ、申し訳ありません。貴方は普通のお客様ではありませんので、その点はどうかご理解下さい」
「その通りですね…………無理を言って申し訳ありません。生活保護の申請が無事に通ったら、私でも通える喫茶店を探してみようかしら」
此の母親は俺の言った通り、もう既に自分の今後について考え始めていた。其れは全く以って悪い事では無い。思い出に浸ってメソメソするより、いっそ開き直るくらいの方が清々しくて良いのだ。
残された人間の笑顔を見ると、俺は自分のしている事に誇りを持てるのだ。人を死なせることで元気になれる者が居る。其れは1度でも地獄を見た人間なら、きっと素直にわかってもらえるだろう。
「生活が落ち着いたら、とりあえず此の白髪を真っ黒に染めに行きます。それからドラッグストアに行って、ハンドクリームと爪磨きでも買おうかしら。私がしょぼくれて泣いているより、その方が娘も喜ぶ気がするんです」
「良い事だと思いますよ、小夜子さん。でも決して無理はしないで下さいね。本当に少しずつでいいんです、此れからの事を考えるのは」
洸太郎がそう言うと、キッチンを掃除していた小夜子は穏やかな笑みを浮かべた。布巾を綺麗に洗った後、パンパンと伸ばしてタオル掛けに掛けていった。
「あの………杉山さんって方。本当にとても優しい方ね。こんなみすぼらしい萎れたオバサンに、再婚の可能性なんて仰って下さって」
「ボスは見た目はあんな感じですが、誰よりも懐の深い優しい人なんです。僕も游も最初はボロボロの人間だったけど、ボスに拾って貰ったお陰で今こうして生きていられるんです」
「そう……………貴方がたは信念を持って、私達の様な者にも手を差し伸べてくれる。私は此処に来た事を誰にも言わないけど、胸の奥に閉まって一生忘れず生きて行くわ」
小夜子は3日程此処で過ごした後、俺達に礼を言って車で帰っていった。洸太郎は隣にいる俺に向かって、「彼女は良い母親でしたね」と言った。
「悟さんの言う通り、心の中に強い芯を持っている方でした。勿論気丈に振る舞っているだけで、心の中はまだ哀しみで一杯だとは思いますが」
「いいんだよ、それで。人間はロボットじゃねえ、色々引きずりながらやっていくしかないんだ。あのババアは其の事をちゃんと理解している、だからもう大丈夫だ」
どんな風に生きたって、結局最後は死んで只の骨になる。もう小夜子は母親ではなくなったのだから、後は自分の為に生きて行けばそれでいいのだ。
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