第5話 カスタマイズ・ベイビー ①

俺はこの日、とある安楽死合法化済の国に来ていた。今日は此の国の某会場で、安楽死に関する講演会が行われる為だった。

この会に参加する為には一定の条件がある。そしてこの会には色々な決まりが有り、ただ椅子に座ってぼーっと聞いていればいいわけでは決して無かった。

俺が足を組んでタブレットを見ていると、隣にガタイのいい白人風の男が座っていった。そいつは俺の同士の一人で、名はアレク・マトバ。日本と某国のハーフで、普段はシステムエンジニアとして普通に働いていた。

「よう、アレク。直接会うのは半年振りか」

「そのぐらいになるね。悟の国では、そろそろ桜が咲く季節なのではないか?」

アレクは中学生までは日本に住んでいた為、流暢に日本語を話す事が出来た。ちなみにコイツの母国語は、翻訳アプリを使わないと理解不能だった。

「桜なんか一瞬で散るだけの木、俺はああいうものに風情を感じたりしねえ。それよりも今日のメインテーマは面白そうだ。以前からコイツの書籍や論文を読んでいたが、俺の考えている事と全く同じで驚いた」

「元大学教授で今は執筆業の、ノエ・レーバテインか。今は世界中で不景気が続いているから、コイツへの支援者は増える一方だと聞いている」

今俺が読んでいた論文も、ノエが教授時代に学会で発表したものだった。ノエの主張は一貫しており、今日のメインテーマである ”カスタマイズ・ベイビー” が其れだった。




ノエが提唱するカスタマイズ・ベイビーは、要するに親の希望する子供を人工的に作るというものだった。極度の不細工やバカといった劣等遺伝子同士からは、基本的に平凡以下の子供しか生まれない。だから美形や秀才の遺伝子をトッピングして、親よりもマシなガキを作った方が長期的に見ても幸福である。簡単に言えばそういう内容だった。

「俺は奇跡的に劣等種の親から生まれた秀才だが、まあこういうのは鳶が鷹を生むって奴だ。所謂レアケースで、統計学的に見てもバカや不細工は大体遺伝する。

貧乏は努力すれば抜け出せるが、極度のバカと不細工は生まれた時点で圧倒的に不利なんだ。俺の親の唯一の長所は、見栄えだけは平均以上だったって事だな」

「外見の問題は俺の国でも問題となっている。今は特にSNSや加工アプリがあるからな、美しい方が圧倒的に得をする社会構造が強まっている」

「だが思い悩み過ぎて、醜形恐怖症になる若い奴らも増加しているな。ひと昔前までは、整形は親不孝だのなんだのとうるさかったのに。今は親が積極的に、子供の顔を弄りたがる世の中だ」

統計学的に見えば、外見が良い方が人生で得をするのは明らかだった。俺のところに死にたいと言って来る奴らも、不細工やデブが圧倒的に多かった。

ちなみに俺はこういう理由で死にたい奴らには、相談内容を見た時点で即拒否の返信をする。不細工は整形すればいいし、デブは痩せれば良いだけだったからだ。




本日のメインとなるノエの講演が始まり、参加者達が一斉にアイツの話に耳を傾けた。俺も集中して聞いていたが、やはりノエの主張するカスタマイズ・ベイビーの構想はとても面白かった。

現時点で此の構想を実現出来るのは、一部の特権階級のみと限られていた。法律で禁止されている国や、宗教上の理由でタブーとされる国は当然不可能だった。

そして1番の問題は、実行するのに莫大な金が掛かる事だった。ノエは此の構想を広く世に知らしめ、国が積極的に税金で支援すべきだと主張していた。

だが現時点では、其れを現実的に行う国は皆無だろう。何故ならガキをポンポン産む連中は、貧乏人の方が圧倒的に多いと決まっていたからだ。

勿論金持ちでも子沢山は多く存在するが、割合で言えば圧倒的に貧困層の方が子供を作っていた。理由は様々あるだろうが、後進国でいえば例えば労働力として必要という問題があった。

「その点日本は賢いな。最近は結婚をしても、子を作らない家庭が増えているそうだ。不景気やライフスタイルの変化、理由といえばそんなものか」

「そもそも結婚率自体が下がっているからな。今は安い娯楽が蔓延しているから、怠い結婚なんかしたくない。そういう連中が増えているんじゃないか」

「悟は昔フィアンセがいたんだろ?俺も結婚はしている、子供は居ないがな。別に妻が居れば子供は必要無い。俺はベイビーを愛してやれないからな」

アレクに言われて、そう言えばそんな事もあったなと思い出した。当時は本気で由香里を好きだったが、今にして思えば結婚しなくて正解だった。

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