第4話 地球の裏側から来た男

俺達のHPは海外経由の為、半数が海外からの志願者だった。当然人種で断る事は無いので、対象者は何処の国の者でも全て受け入れていた。

この日店にやって来た男は、地球の裏側にある国から来たのだという。あまりにも身なりがボロボロだったので、急いで洸太郎は彼を庭の専用席へと案内していった。

男は全く英語が話せない為、翻訳サイトを使って男の話を聞く事になった。名前はロロム・ジエというそうで、全く聞いた事の無い部族の出身だった。

ロロムの抱えている悩みは、此れ迄請け負った中でもトップクラスにハードだった。彼の部族は古くからの習わしで、成人の儀式を終えたら母を殺してその肉を喰らわなければならないという。

ロロムは8人兄弟の長男で、両親を含む全ての家族を深く愛していた。当然彼にそんな惨い行いは出来ない為、成人になる前に村長にこんな馬鹿馬鹿しい風習を止めるべきだと主張した。

「村長は人間としての時が止まっている。このテクノロジーの発達した現代に於いて、あんな忌まわしい風習は何の意味も無い。私は貴方達の国がとても羨ましい。人々は皆自由を謳歌し、自分の人生を自分で選択する事が出来る」

そう言うロロムの右目は、村長と争った時にナイフで潰されていた。こういったケースは流石に初めての事であり、俺と洸太郎は少し時間をくれとロロムに言った。




「やはりロロムさんは、このまま自国に帰るしかないのではないでしょうか。もしくは他国に亡命を試みるか…………現状では日本に滞在する事は難しいでしょうし」

「それはそうだが、あいつの願いは家族を護る事の筈。長男の自分がやらなければ、次男にその役目が回って来る。正直安楽死して解決するような問題じゃない。それなのに俺は、あいつが死にたがっている事が不思議なんだ」

その理由については、翌日ロロムが俺達にきちんと説明してくれた。長男が此の役目を放棄した場合、ロロムの家は部族における身分が1番下まで下がるのだという。

逆に言えば彼の家の身分が上位だから、此の風習を引き継ぐ義務を課せられたのだ。身分が下がれば生活は苦しくなるが、それでも母親を殺して食うよりは余程マシだとロロムは言った。

「私が神の元へ行きさえすれば、両親と兄弟達はあんな酷い風習から逃れる事が出来る。だがこの通り、私の様な人間を受け容れてくれる国など何処にも無い。愛する家族を思って野垂れ死ぬくらいなら、いっそ貴方がたの手で私を神の元へ送り届けて欲しい」

愛する者を思いながら他国で野垂れ死ぬ事は、身を割かれるよりも何倍も何倍も辛い。ロロムの悲壮な言葉を聞いて、俺は彼の希望を受け容れる決断を下した。

その2日後、ロロムは自分の信じる神の元へと旅立った。彼は死ぬ瞬間までずっと、家族の名前を何度も呼び続けていた。




「彼の様な人達から見れば、僕達の抱えていた悩みなど悩みの内にも入らなかったでしょうね。ロロムさんの言う通り、日本は世界的にもかなり恵まれている国です。文明豊かな先進国であり、犯罪件数の少なさは世界でもトップクラスです」

「其れには同意だが、俺は今でもロロムの言葉の意味がよくわからねえ。あいつが本気で制度を変えたいのなら、同士を募って村長を殺すべきだった。部族の中で風習を嫌がっていたのは、何もあいつ一人じゃないと思うんだがな」

俺達は生まれた国も何もかもが違う為、ロロムの全てを理解する事は出来ない。ただ俺がロロムの立場なら、どんな手を使ってでも村長を殺す道を選んでいた。

「ロロムさん一人が居なくなっても、制度自体は此れからも続いていくのですよね。せめてロロムさんの死をきっかけに、風習を見直そうという動きが起こればいいのですが」

洸太郎はそう言ったが、俺は其れは無理だろうと思っていた。結局俺達に出来る事は、苦しまずに神の元とやらへ送ってやる事だけだった。

(人一人をあの世へ送ってやった所で、世界の何かが変わる事は無い。俺達が何人安楽死させようと、その裏ではまた新たな自殺志願者が生まれている。

今俺が感じている無力感は、一成……………きっとあの時のお前も、同じように感じていたんだろう。

だが俺は1度やると決めた事は、絶対に何があっても最後まで止めねえ。本気で死にたい奴は全員、俺が無事に天国迄送り届けてやる)

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