第3話 死んで蘇った男

俺と洸太郎が此の街に移り住んで、既に2年の時が経過していた。俺達は一成が残した苦痛の無い死へと導く為の、救済としての安楽死の請負人となっていた。

勿論現行法では殺人幇助に該当する為、安楽死を行っている事は完璧に隠蔽してある。対象者については一切の痕跡も残さず、遺体の処理も完全に足が付かない方法を取っていた。

この場所についても、辿り着くまで非常に難解な道筋を作っていた。海外に居る同士の協力を得て、足の付かない海外サーバーを経由し安楽死希望者を集めていた。

やりとりは全て英語の暗号通信を使い、既定の時間が経つと完全に消去する仕組みを採用していた。そして俺が認めた人物に限り、同じ方法でこの場所を伝える様にしていた。

俺達も相当なリスクを背負っている。だからこそ本気で死を望む者にも、本気でこの場所を探し求めて欲しかったのだ。

松本詩織は必死に俺達のサイトを見つけ、中学生なのに全て英語でやり取りをおこなった。そして彼女は遥々沖縄から、俺達の居るこの辺鄙な街までやってきたのだった。

対して先ほど来た富沢菜々美は、単にボランティアで行っている「お悩み相談室」のチラシを見ただけだった。

死にたいという強い想いの次元が、詩織と菜々美とではあまりにも違い過ぎた。俺達が此れ迄天国に送った人間は、全員其処までの強い覚悟を持っていた。




1階で接客をしている男は、名を長谷部游と言った。年齢は現在25歳で、元々は有名ホストクラブでそれなりに稼いで暮らしていた。

游も深刻な悩みを抱えており、藁にも縋る思いで俺達の元に駆け込んできた男だった。游の生い立ちも相当悲惨であり、学が無いので夜の店を転々とするしかなかった。

きっかけは遊の太客だった女が、游の働いている店のある雑居ビルで転落自殺をした事だった。出勤途中だった游は其れをその眼で目撃してしまい、以来食事が殆ど取れなくなってしまった。

俺達の元へ来た時、178cmの游の体重はたったの48kgだった。ほぼ骨と皮だけの状態になった游は、到着と同時に死にかけてしまった。

俺達の必死の救命措置が功を奏し、倒れてから3日後に游は意識を取り戻した。そして洸太郎の煎れた薬膳茶を飲んだ後、ベッドの上で涙を流し続けた。

結果的に、游は死ぬ事を自ら思い留まった。その1番の理由は、洸太郎の作る御粥がとても美味しかったからだという。

3カ月間程、游は此処で療養生活を送った。初めは一口も食べれなかった食事も、少しずつ時間を掛けて食べれる様になっていった。

ある程度回復した時点で、俺は游に生活保護を申請する事を薦めた。しかし游は其れを断り、此処で俺と洸太郎に恩返しをさせて欲しいと言った。




俺は暫く其れを受け容れなかったが、游の決意は想像以上に硬かった。1度死んだ命を助けられたのだから、今度は自分が俺達の役に立つべきだと言った。

「悟さんと洸太郎さんが行っている事は素晴らしい。俺みたいな地獄を味わった人間にとっては、本当に神様からの救済と同じです。

俺はホストクラブで働いていたので、底辺で泥水すすってる奴らを沢山見て来ました。俺の前で死んだあの子も、風俗店で相当な無理をしていた様です。あの子がもし此処に辿り着いていれば、あんな惨い死に方をする事も無かったのに…………」

目の前で肉片になった死体を見たからこそ、自殺志願者を安楽死させてやりたいと游は本気で思ったという。游の言葉の全てから、安楽死に対する強い情熱が伝わって来た。

俺は条件付きで、游を此処に置いておく事を許可した。游のフラッシュバックを防ぐ為、実際の安楽死の過程には一切関わらない事。もし俺達を裏切った場合、游の最初の希望通りの事を行う事。

此の2つの条件を、游は二つ返事でOKした。そういった経緯があり、今は店のホールの全てをあいつに任せている。

游の体重は60kgまで戻って来た。あいつを回復させたのは、洸太郎の作る上手い飯と思いやりの気持ちだったと俺は思っている。

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