第2話 天国で、安らかに

洸太郎はやんわりと菜々美を宥め乍ら、ノートパソコンを開いて専門の相談窓口のHPを彼女に見せていった。そして今から此処に電話を掛けるから、専門家に保護して貰う様にアドバイスした。

「それって家を出て、保護施設に入れって意味でしょう!?私嫌です、そんな事したら学校に通えなくなる。今だって成績が落ちているのに、これ以上悪くなったら将来の夢が…………」

「本当に希望を叶えたい方は、将来の事等考えたりしません。貴方は親族の家に移り住んで、其処から今の学校に通うべきです。母親からのDVは専門家が対応しますので、親同士の揉め事は其の方達に任せておくべきです」

幸いな事に、菜々美の祖父も相当な資産家だった。家は通学可能な範囲に有る為、親元を離れて其処で暮らすべきだと洸太郎は言った。

「今まで辛い思いをしてきた気持ちは良くわかります。僕も昔虐められていたし、両親からも酷い扱いを受けていました。

でもこの世の中には、もっともっと辛い思いをしている人達が沢山居るんです」

「そんなきれいごと……………なんの意味も無い、貴方に私の辛さはわからないんです!!」

「大人になればわかりますが、お金が有るというのは物凄く恵まれている事なんです。お爺さんとお婆さんを頼れば、貴方の抱えている問題は解決に向かいます。どうかご理解ください、菜々美さん。貴方は此れからも生きて、ご自身の将来の夢を叶えるべきです」





菜々美はがっくりと肩を落とし、バッグを持って椅子から立ち上がっていった。既に洸太郎が専門機関に連絡を入れていた為、自転車で役所に向かえばすぐ保護される筈だった。

「本日の無料相談会は済みましたので、此処にサインをお願いします。此の同意書にサインするのは貴方の義務です」

菜々美は無言でボールペンを取り、同意書に乱雑にサインをしていった。確認した洸太郎は菜々美を連れ、彼女が止めた自転車の傍まで見送っていった。

「信じて話した私がバカでした。やっぱり大人なんか信用出来ない。そのボスとか言う人も、きっと性格の歪んでいる人なんでしょうね」

「ボスは優しい人です。それでは気を付けてお帰り下さい」

菜々美は洸太郎を睨み付けた後、勢いよくペダルを漕いで喫茶店から走り去っていった。洸太郎は普通に店内に戻り、先程接客をしていた若い男に声を掛けた。

「游君、悪いけど後の事宜しくね。僕はとりあえず片づけをして、ボスの所に行って来るから」

そう言って洸太郎は先程の庭のテーブルの傍に行き、特殊な溶液の入ったスプレーを吹きかけていった。此のスプレーは指紋等の痕跡を全て消すもので、相談者と外で面談をするのも其の為だった。

洸太郎は全ての痕跡を消去した後、裏手の階段を昇って喫茶店の2階へと昇っていった。そしてドアをコンコンとノックし、そのまま部屋の中へと入っていった。





「あのクソブス、最後に俺の悪口言いやがったな。此処に来て俺の事を悪く言った奴はなあ、犬のウンコを踏んで翌日下痢が止まらなくなると決まってるんだよ」

「またプードゥーの呪いの話ですか。悟さん、中学生にブスって言うのは流石にやめません?思春期なんですよ、ブスは結構きついと思います」

洸太郎はそう言いながら、先程受け取った同意書をスキャンしてPCに取り込んでいった。そして紙の方はシュレッダーに掛け、スキャンした文書を専用のフォルダに放り込んだ。

「ブルドックに向かって美形だと言う奴は居ないだろ?本当の事ってのはなあ、きっぱりと言ってやる事が優しさってもんなんだよ」

「まあ所詮外見なんて、整形すればどうにでもなりますからね。もう月末か………今月送り届けてあげられたのは、松本詩織さん唯一人だけですね」

「詩織とさっきのブスじゃ、悩みの深度があまりにも違い過ぎる。詩織は家があまりにも貧乏過ぎて、実の親から売春を強要されていた女だ」

俺はそう言って、PCのフォルダに保存してある松本詩織の写真を見つめていった。詩織は美人に生まれたが、其れからの人生があまりにも最悪過ぎた。

「あのブスは精々殴られるだけで済んでいるが、詩織は汚ねえジジイ供にケツまで舐められていた。その結果が妊娠5カ月、当然父親は誰かわからねえ。14歳で背負うには、あまりにも内容が苛酷過ぎた」

「詩織さんは最後まで、心の優しい人でしたね。あんなに惨い目に合っていたのに、お腹の子供の事をずっと気にしていた。今頃は天国で、安らかに過ごしていると良いですね」

洸太郎はそう言って、俺のデスクの傍に煎れたての紅茶を置いてくれた。俺は其れを飲みながら、安堵した様に微笑む詩織の最後を思い出していた。

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