第31話

 春樹君との、海水浴デートから一週間。

 

 幸いにも、父や祖父母から咎められることはなかった。

 清華はちゃんと、約束を守ってくれているようだ。


 少し警戒し過ぎたかもしれない。

 そんな清華だが、私が春樹君の家から帰ってくるたびに、何かにつけて質問してくるようになった。


「今日は何をされたんですか?」


 そして今日もまた、清華に聞かれた。

 私が春樹君と何をしているのか、そんなに気になるのだろうか?


 ……そりゃあ、気になるか。

 清華は私と春樹君が恋人同士だと思っているんだし。


 私が知る限り、清華に男性との交際経験はない。

 だが、年頃の女の子ならそういうことにも興味はあるだろう。


 もっとも、残念ながら私と春樹君はまだ恋人同士ではないので、面白い話はできないけれど。


「別に大したことはないわよ」

「……そんなはず、ありません。お姉様と二人きりで、何もしないなんて、あり得ません」


 いつもなら引き下がるのに、今日は少し食い下がって来た。

 仕方がない。

 ここは妹に私と春樹君のイチャイチャエピソードでマウントを取ってやろう……。

 と言いたいところであるが、本当に何もなかったので、大した話はできない。


 ……下着の色クイズをしているとは、さすがに言えない。


「本当に何もなかったわ。……ちょっと、ゲームをしたくらい」


 もちろん、エロゲだがそれは内緒だ。

 実の妹に「エッチなゲームをプレイした」と伝えるのは、さすがに私の羞恥心の許容値を超える。


「げ、ゲームですか……」

「えぇ、ゲーム。……本当に大したものじゃないわよ」

  

 清華のリアクションに少し違和感を覚える。

 確かに我が家はゲームとかに厳しいが、友人の家でやる分は許容されてきた。

 清華だって、こっそり女友達の家でゲームをやっていたはずだ。

 そんなに驚くことではないはずだけど。


 私が思わず首を傾げると……。


「やっぱり……エッチなことを、されたんですか!?」


 ふぇ?

 一瞬、思考が止まる。

 

 エッチなことをされた?

 つまり、エッチなことをしたんですか? という意味だろう。


 確かに私は春樹君の家でエッチなゲームをした。

 でも、どうして清華がそれを知ってるの!?


「し、し、してないわよ!」

「あ、嘘です! 今の反応は、絶対に嘘です!! さ、されたんですね? ど、どんなことを、されたんですか!?」


 どんなことって……。

 私は今日、遊んだゲームの内容を思い出す。

 今回は王道な恋愛モノだった。

 遊んでいる時はどうということはなかったが、自分の口で説明するのは気恥ずかしい。

 

「……あなたにそれを説明する理由はある?」

「そ、それは……」


 私が強気に言い返すと、清華はごにょごにょと口籠ってから、黙ってしまった。

 少し冷たすぎたかしら?

 沈黙が場を支配する。


「春樹さんにお姉様が騙されていないか、少し、心配で……」


 ようやく、清華が振り絞ったのはそんな言葉だった。

 今の話でどうして春樹君に私が騙されることになるのだろうか……?

 ……というか。


「春樹さんって、随分と親し気ね。いつの間にそんな関係になったの?」


 私が知る限り、清華と春樹君はこの前の海水浴場が初対面のはず。

 学校は同じだし、名前くらいはお互いに知っていてもおかしくはないけど……。

 下の名前で呼び合うほど仲良くなったとは思えない。


「別に親しくはありません! あんな人……!! 良い人だと、思ったのに……」


 やはり、以前から知り合っているような話しぶりだ。

 春樹君、清華と知り合いだったなんて一言も言ってなかったけど。

 ……どうしてかしらね。

 ちょっと、イラっとするわ。


「いつ、どこで知り合ったの?」

「え? あぁ……海で知り合いました。そうですね、今にして思えば、あれは……」


 清華は苦々しそうな表情で言った。


「ナンパだったかもしれません」


 ……ふーん。





「って、清華が言ってたのだけど。どういうこと!? 春樹君!!」

「はぁ……?」


 海水浴デートから約一週間。

 聖良が意味の分からないことを言い出した。

 聖良の言い分によると、清華は俺にナンパされそうになったらしい。


 妹も妹だが、姉も姉だろう。

 普通、信じるか? それ。


「……とりあえず、俺の視点からの話をしてやる」

「えぇ、聞いてあげるわ」


 聖良は腰に手を当てながら言った。

 まるで俺が罪人であるかのような態度だ。


「この前、海水浴の時。飯、買いに行っただろ? 屋台で」

「……あぁ、そうね。あったわね。あなたが遅れて来たやつね。まさか、その時? 私を放ってナンパしてたの?」


 聖良の目がつり上がる。

 どうしてそうなるのか。


「してない。というか、その話は前にもしただろ。ナンパされてる女の子を助けたって。それがお前の妹だったってこと」

「……そんなこと、あの時、言わなかったけど?」

「だってお前の妹だって、あの時は知らなかったし」

「……辻褄は合うわね」


 辻褄って何だよ。

 あまり似てないと思っていたが、やはりこの姉妹、似ているかもしれない。

 無駄に偉そうというか、自分が絶対に正しいと思ってそうなところが。


「でも、清華はナンパされたって言ってたわよ」

「それは知らん。……逆に俺はされた方だし」

「……された方? どういうこと?」

「お前の妹に、この後、一緒に遊ばないかって言われたんだよ」

「そんなこと、この前、言わなかったじゃない!」

「言うわけないだろ」

「どうして? やっぱり、後ろめたいから?」

「デート中に、さっき女の子にナンパされちゃったよ! って、自慢する男、いるか?」


 “ナンパされてた女の子を助けた”くらいで拗ねてたくせに。

 そんな話をしたら、絶対に怒っただろ。


「そ、それは……そうね。そうかも、しれないわ」


 聖良は目を逸らした。

 先ほどまでは強気な態度だったのに、いつの間にか弱々しくなっている。


「でも……随分と、親し気だったわよ? 春樹さんって、呼んでたし」


 ……親し気?

 親しくなった記憶はないけどな。


「私はずっと、苗字で呼んでたのに。……随分と距離縮めるの、早いなぁって」


 聖良はいじけながらそう言った。

 どうやら、そこが一番気に障ったポイントらしい。


 確かに知らない間に自分の妹と、気になっている男の距離感が縮まってたら、気になるのも分かるが……。

 俺に非は一切ない。

 もらい事故だ。


「俺は親しくなったつもりはない。お前の妹が、一方的に春樹さんって呼ぶからって宣言してきたんだ」

「で、それを受け入れたの?」

「ダメって言うのもおかしいだろ」

「……それもそうね」

「ちなみに清華ちゃんと呼んでくれとも言われたぞ」

「呼んだの!?」

「呼ぶわけないだろ」


 呼ぶとしたら、早乙女妹だろうか?

 清華ちゃんと呼ぶ気にはならない。


「で、冤罪は晴れたか?」

「……そ、そうね。私の早とちりだったわ」


 聖良は気まずそうに答えた。

 申し訳なさそうに、縮こまっている。


 これは……悪くない流れだ。


「じゃあ、お詫びをしてもらおうかな」

「え? お詫び!?」

「ああ。お前の妹に迷惑をかけられたお詫びと、疑ったお詫び。二つ分な」


 妹の分を聖良に要求するのも変な話だが。

 そこは雰囲気だ。


「ふ、ふーん。ま、まあ、私は姉だし……妹の不始末を付けるのは当然かもしれないけど。それで、何をすればいいのかしら? 私にできることなら……何でもするけど?」


 俺の冗談に聖良はすんなりと乗って来た。

 こういうところは察しが良いというか、ノリがいい。

 きっと、早乙女妹だったらこうはいかないだろうな……。


「何でも、か。そうだなぁ……」

「……え、えっち過ぎるのは、ダメよ?」


 瞳を潤ませながら、聖良はそんなことを言い出した。

 ……あれ?

 もしかして、これ、フリなのか? 期待されてる?

 ちょっと、失敗したかもな……。


 まあ、いいや。このまま、話しを進めてしまおう。


「夏祭り、付き合ってくれないか?」

「……夏祭り?」

「ああ。今度、近所であるだろ?」

 

 俺の提案に聖良は拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 まさか、本気でエロいことをされると思ったのだろうか?

 だとしたら、かなり心外なのだが。


「あ、あぁ……夏祭りね。あー、うん……」


 渾身のデートの誘いだったのだが、聖良の反応は鈍かった。

 ……好感度、足りなかったか?

 いや、そんなはずはない。

 水着で海水浴が問題なくて、夏祭りがダメなんてことはないはずだ。


「予定あった?」

「いえ、予定はないけど……夏祭りって、夜でしょ?」

「そうだな」

「ちょっと、門限が……」


 あぁ……その発想はなかった。

 そうだ、こいつの家、そういうの厳しかったな。


「ま、まあ……ちょっと、交渉してみるわ」

「……無理しなくていいぞ。お詫びとか、さっきのは冗談だし」


 何だか申し訳ないことをしてしまった。

 少しナーバスになっていると、聖良は首を大きく左右に振った。


「別に無理じゃないから」

「そうか?」

「うん。だって、私も……」


 聖良は青い瞳を逸らす。


「あなたと、行きたいから」


 頬を朱色に染めながらそう言った。



 不意打ちでそういうのは反則だと思う。

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