第30話
「ち、違う! 誤解だ!!」
「犯罪者はみんなそう言います!! そ、そうだ……け、警察を呼ばないと!」
「ま、待ってくれ! 話を聞いて……」
今にも携帯を取り出そうとする清華に俺は弁明しようと近づく。
しかしそれは逆効果だったようで、清華は警戒した顔で後退った。
ど、どうすれば……。
「春樹君。水着、返して」
俺が一人混乱していると、後ろから声を掛けられた。
そこには両手で胸を隠し、顔を真っ赤にして立っている聖良がいた。
……そう言えば、水着、手に持ったままだった。
「あぁ、悪い」
俺は慌てて水着を聖良に手渡した。
「清華。説明するから、少し待って」
聖良はそう言うと、後ろを向いた。
そしていそいそと水着を装着する。
それから改めて清華に向き直った。
「えー、あー、まず、襲われていたわけではないわ」
「で、でも、水着を剥ぎ取って、押し倒してたじゃないですか!!」
……傍から見るとそう見えるのは、全く否定できない。
「あれは事故よ。ちょっとふざけてたら、倒れちゃったの」
「普通、水着は外れないと思いますけど? そんな事故、あり得ますか?」
「そんなこと言われても……」
聖良は困った表情で俺に視線を向けて来た。
俺に振らないで欲しい。
俺だって、どうしてそうなったか、分からない。
「少し溺れかけて、藻掻いてたらそうなったんだ」
「そんなこと言って! どうせ、わざとですよね!!」
あー、うん……。
何か、面倒くさくなってきたな。
「……仮にわざとだとしたら、何か、問題なのか?」
「も、問題って、それは……!」
「こいつは、俺の恋人だから」
「「え?」」
聖良と清華は揃って声を上げた。
何言ってんの?
という顔で聖良は俺の顔を見て来た。
おい、お前までそんな顔するな。
「恋人を押し倒して、何が悪い」
そう言うと、俺は聖良と強引に腕を組み、引き寄せた。
強く引っ張り過ぎたせいか、聖良は身体のバランスを崩す。
そのまま倒れ込むように、寄り掛かる。
「え? あ、あぁ……」
俺の言葉に聖良はようやく、意図に気付いてくれたらしい。
大胆にも、俺に抱き着いて来た。
俺もそれっぽく見えるように、聖良の肩に手を回す。
「そ、そういうことだから!」
聖良は叫ぶように言った。
そして恥ずかしそうに、俺の胸に顔を埋めた。
「な、な、な……!?」
清華は口をパクパクと開閉させた。
「こ、恋人同士だからって、普通、こんな青空の下で、公衆の面前で、そ、そんなこと、しないと思いますけど!?」
う、うん……それはそうだけど。
だって、事故だし。
「犯罪だったら、もっとあり得ないだろ」
「そ、それは……! い、いや、でも、お姉様が、そんなはしたないことを……」
ブツブツと清華は呟き始めた。
まだ、信じられないらしい。
聖良本人が「犯罪じゃない」って言ってるんだから、それで納得しろよ……。
「清華」
聖良は俺に抱き着いたまま、声を上げた。
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに視線だけを清華に向ける。
「は、はい! な、何ですか?」
「……見ての通り、彼とは、そういう関係だから」
「で、でも……」
「無理矢理されたわけじゃないから。……それで納得して」
聖良は消え入りそうなほど、か細い声でそう言った。
その言葉に清華は目を見開くと、何かに納得した様子で頷いた。
「……分かりました」
「あと、このことは……見なかったことにして」
「……はい。分かりました」
清華は悔しそうに唇を噛みしめ、そして俺を睨みつけて来た。
納得したなら、もっと愛想よくしろよ。
「今は、引きます」
そう宣言すると、大股歩きでその場から立ち去った。
……とりあえず、冤罪は晴れたかな?
「すまない、聖良。俺のせいでややこしいことになって」
「ううん、大丈夫。あの子も思い込み、激しいから。誰にも言わないでくれればいいけど。それよりも……」
「うん?」
「そ、そろそろ、離れてもいいわよね?」
「え? あ、あぁ……もちろん!」
俺は慌てて聖良の肩を手から離す。
そして組んでいた腕を、少し緩めた。
しかし聖良は俺にしがみついたままだった。
「聖良?」
「一つ、いい?」
「な、何だ?」
「……さっきのは、どれくらい、本当?」
本当? あぁ……。
「もちろん、わざとじゃない」
「あぁ、うん……そっちはどうでも良くて」
どうでもいいのか?
それは、つまり……。
「恋人云々の話」
「あ、あぁ……あれは、その……」
俺は少し悩んでから答えた。
「……方便だよ」
「ふーん、そう」
俺が答えると、聖良はようやく抜け出すように俺から距離を取った。
「まあ、今回は、そういうことにしてあげる」
そして嬉しそうにほくそ笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます