第29話
「あ、えっ……ヤバ!!」
突然、聖良は顔を伏せた。
そして少し遅れて、麦わら帽子を深く被り直す。
聖良の突然の行動に俺は困惑する。
……もしかして、心の声が漏れていたのだろうか?
「どうした?」
「……妹が、いたわ」
「妹? どこに……」
「キョロキョロしないで! 見つかる!!」
強い声で制され、俺は思わず身を固めた。
しばらくして聖良は小さくため息をつく。
「……行ったわ」
「そ、そうか。えっと……仲、悪いのか?」
「……別に悪くはないけど」
聖良は目を逸らしながら言った。
良くもなさそうだ。
「保護者が……人の交友関係に口を挟む人でね」
「ほう」
「男の人と一緒に海に行ったなんて知られたら、何を言われるか、分からないわ。……友達だとしても」
「そ、そうか……」
友達か……。
いや、別に何も間違ってないけど。
「告げ口されるのか?」
「いや、されたことはないけど……あの子はあの子で、人の人間関係にとやかく言うタイプだし」
「なるほど」
「知られないに越したことはないわ。……あ、別にあなたが一緒にいると恥ずかしい人間というわけじゃないわよ? おかしいのはこっちだから」
「そうだな。スカートの中に何も履かない方がおかしいもんな」
「い、いや……そんなにおかしくないと思うけど? 比較的、一般的な性癖のはずよ。きっと、クラスに三人くらいいるはず。みんな、すました顔してるけど」
「エロゲの世界でも三人もいないだろ」
と、そんな冗談を話しながら俺たちは席を立つ。
聖良の妹に見つからないように。
「ねぇ、この後、どうする?」
「うーん、そうだな……」
考えるフリをしながら、思った。
距離が近い。
先ほどから、互いの腕が時折、触れ合っている。
試しに距離を詰めてみる。
すると聖良は距離を取るようなことはせず、むしろさらに近づいて来た。
互いの肩が触れ合う。
良い雰囲気だ。
このままお持ち帰りできてしまいそうだ。
いや、しないけど。
……お持ち帰りと言えば。
「そう言えば、さっき、おんぶする約束、したな」
「え? ま、まあ……したけど。あれは冗談というか……ここでするの?」
「今しか、やらないぞ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
俺が軽くしゃがむと、聖良は俺の背中に体重を預けて来た。
俺は彼女の足を抱え込むと、そのまま立ち上がる。
「どう? 重くない?」
「お前、それ重いって言ったら絶対に怒るだろ」
「別に怒らないわよ。で、どう?」
「分からん。……女の子、おんぶしたの初めてだし」
「あら、そう」
俺の回答に満足したのか、聖良は耳元で小さく笑った。
そして抱き着くように、俺の背中にしがみついて来た。
柔らかい物が背中に当たる感触がした。
「ねぇ、肩車もしてって言ったら、してくれる?」
耳元で囁かれる。
肩車か……。
「うーん、できるか分からないぞ?」
「……それ、暗に私が重いって言ってる?」
「そもそも、人を肩車した経験ないから。できるか分からないって意味だな」
「ふーん……確かに私もしてもらったことないけど」
いや、してもらったことがないのは珍しいような……。
「でも、あなたならできるでしょ」
「その信頼はどこから来るんだ?」
「この辺りかな」
さわさわと胸元を撫でられた。
思わず声が出そうになる。
「頼りがいのある体してるし。イケるでしょ。ねぇ、どう? やってみてよ。私、肩車、されてみたいわ」
聖良の吐息が耳元を擽る。
こんな言われ方したら、やらないわけにはいかない。
「じゃあ、今から、海の……浅瀬の方で、やってやる」
「やった!」
何だか手玉に取られている気もするが。
こういうのも悪くはない。
というわけで、早速、波打ち際へと向かう。
さすがに恥ずかしいので、できるだけ人気のない場所を選んだ。
「どういう風にやる?」
「海の中に入れ。下から抱え上げる」
「はいはい」
俺の指示通り、聖良は胸元まで入水した。
そして足を肩幅まで開く。
「じゃあ、よろしく。変なところ、触らないでね」
「うん……努力しよう」
肩車でそれは難しいんじゃなかろうか。
そう思いながら俺は海水に頭を浸けた。
そして聖良の足と足の間に頭を入れて、そのまま浮上する形で抱え上げる。
「わわ!」
「ふぅ……上手く行ったな」
浮力も手伝ってか、背負うよりも簡単だった。
もっとも、バランスを取るのは少し難しいが……落ちても水や砂の上だと思うと、少しだけ安心する。
もちろん、落とさないのが最善だが。
「どうだ? 肩車の感想は」
「景色が高いわね。悪くないわ」
楽しそうな声が上から聞こえて来た。
それなりに楽しんでくれているようだ。
背負った甲斐がある。
「ちょっと、歩いてみてくれない?」
「はいはい」
俺は砂浜の方へと歩き始める。
丁度、膝より少し下くらいの高さまで
「春樹君はどう?」
「どうって……俺は下敷きにされてるだけだぞ」
「役得でしょ? ほら、私のお尻の感触とか。どう?」
「どうって……頭に肩に乗ってるだけだからな」
直接は見えないし、感触は鈍い。
それよりも顔の横にある両腿の方がエロい。
「そんなこと言っちゃって。ほらほら……」
俺の言葉が強がりに聞こえたのか、調子付いた聖良は人の肩の上で体を前後に揺らし始めた。
尻を押し付けているつもりらしい。
だが、肩車をしている最中にそんな動きをされると……。
「おい、動くな! あ、ヤバっ……!!」
「キャッ!」
俺たちは揃って海の中に倒れ込んだ。
水深はそこまで深くはなくとも、人は溺れる。
しかもここは海だから、波の動きもある。
顔から倒れ込み、海水を吸い込んでしまったこともあって、俺たちは海中で体を縺れさせた。
俺は何とか両腕を立てて、身体を起き上がらせる。
「ゲホッ……聖良、大丈夫か?」
「けほっ……う、うん」
咳き込みながらも、俺たちは互いの無事を確認する。
そして海水で染みる目を開くと、目の前には聖良の顔があった。
聖良は僅かに上体を起こし、そして俺はそんな彼女を押し倒そうとしている。
……傍から見ると、そんな恰好になっていた。
そこは、まだいい。
「あれ……?」
俺の手の中、指に布切れが一枚、引っかかっていた。
白いフリルのついた、ビキニのトップスだった。
それが俺の手の中にあるということは……。
「あっ……」
聖良はハッとした表情を浮かべ、片手で胸を隠した。
そして唇を少し噛みしめ、恥ずかしそうに目を逸らしながら、俺に尋ねた。
「み、見た?」
「……見てない」
「本当に? 正直に言って」
「……少しだけ」
ほんのちょっぴり、見えた。
先っぽだけ。
綺麗だった。
「……」
聖良は無言だった。
事故とはいえ、さすがに嫌だろう。
怒りだすのだろうか?
いや、怒られるだけなら、全然いい。
でももし、泣かれたら。
悲しませてしまったら、怖がらせてしまっていたら……。
「……見たい?」
俺の心配とは裏腹に、聖良の言葉は意外なものだった。
「え?」
意味が分からず、思わず聞き返す。
すると聖良はこちらには決して目を合わせず、しかしはっきりとした口調で言った。
「もっと、見たい?」
何を?
そう問うほど、俺は察しが悪くなかった。
「……見たい」
正直に答えると、聖良はこちらに視線を向けた。
「そ、そう。見たいの……じゃあ、少しだけ。……少しだけ、見せてあげる」
聖良はそう言うと、指を一本ずつ、胸から離していく。
少しずつその白い膨らみが露わになっていく。
そして先端が見えそうになった、その時。
「お、お姉様が、襲われてる!!!」
悲鳴が上がった。
声のする方を見ると、そこには黒髪の女の子――清華がいた。
……お姉様? え、お前たち、姉妹なの!?
でも、確かに似ている……。
いや、そんなこと考えてる場合じゃない!!
俺は飛び退くように立ち上がった。
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