第28話
「春樹君! こっち、こっち!」
待ち合わせ場所に向かうと、少し離れたところから聖良の声が聞こえた。
声のする方を向くと、そこには既にテーブル席を確保していた聖良がこちらに手を振っていた。
「随分、遅かったわね」
向かい合って座ると、聖良は満面の笑みを浮かべながらそう言った。
目が笑っていない。
怒っている……とまでは言わないものの、不機嫌そうだ。
「か弱い女の子を放っておいて、どうしてたの? ナンパでもしてた?」
もしかして、見られていたのだろうか?
だとすれば、下手に誤魔化そうとするよりは素直に話した方がいいだろう。
「トラブルに少し巻き込まれてな」
「どんなトラブル?」
俺は包み隠さず、ことの経緯を聖良に説明した。
……逆ナンされたことだけは伏せて。
「てっきり、迷子にでもなってたのかと思ってたけど。……お人好しね」
「う、うん……放っておくのも、少し目覚めが悪いかなと」
「私を一人で放っておいたくせに、知らない女の子は見捨てられないんだ」
聖良は唇を尖らせながら、俺を咎めた。
言われると思っていた。
一人で大丈夫と言ったのは聖良なんだし、放っておかれるのが嫌なら最初から一緒に行動すれば良かったじゃないかと言いたいところだが……。
多分、それを言ったら本格的に拗ねるだろうな。
「あーあ。放っておかれるくらいなら、お誘い、受けちゃえば良かったな」
「……声、掛けられたのか?」
「まあね。私、美人だし」
聖良のしたり顔でそう言った。
やはり聖良を優先して、早く戻るべきだったと少し後悔する。
「まあ、これ見せたら、すぐに諦めて帰って行ったけど」
聖良はドリンクを手に持ちながらそう言った。
中身は普通のジュースだ。
しかしストローの形が普通と違った。
ハート型にカーブしており、飲み口が二つある。
カップルが二人で飲むようなやつだ。
そんなの一人で飲むわけないから、男がいると思って諦めると。
考えたものだ。
「早く、お昼食べましょう。お腹空いたし」
「それもそうだな」
俺たちはそれぞれが買ってきたものをテーブルに広げた。
俺はたこ焼き。
そして聖良は唐揚げとフライドポテトを買ってきたようだ。
「私、たこ焼きとかフライドポテトはカリっとしてる方が好きなのよね」
聖良は文句を言いながらも、パクパクと口に入れていく。
たこ焼き、十二個しかないのに、八つも食ったな……。
「何? 文句あるの?」
「いや、何も」
これ以上、機嫌を損ねるわけにはいかない.
たこ焼き二つで機嫌が直るなら、喜んで捧げよう。
「ちょっと、暑いわね」
聖良は不機嫌そうに呟きながら、ラッシュガードのチャックを少し下げだ。
先程まで隠れていた白い谷間が露わになる。
正面から見ると、やっぱり迫力が凄いな……。
「……ふふ」
俺の視線に気付いたのか、聖良はさらにチャックを下に引き下げた。
最終的に前を全て開けてしまう。
ラッシュガードを羽織っている方が、見せちゃいけないものを見せている感がしてエロい。
そんなどうでもよい事実を発見した。
「ちょっと、イヤらしい目で見ないでよね。えっち」
聖良は俺の脚を蹴りながら笑った。
いや、蹴るというよりは触る、撫でるという表現が正しいか。
長い脚を伸ばし、俺の脛や膝を素足でなぞってくる。
いつの間にか、機嫌は直ったようだ。
「だったら隠せ」
「だって、暑くなっちゃったし」
そう言うと流し目でこちらを見ながら、ラッシュガードから肩を出す。
そして身をくねらせながら、蝶が蛹から脱皮するように、少しずつラッシュガードを脱いで行く。
目を逸らしては、見て、目を逸らして、見て……。
チラチラと何度も繰り返してしまう。
目が合うたびに聖良はニヤニヤと笑う。
手のひらで転がされているような気分だ。
「……水、持ってくる」
気が付くと、喉がカラカラになっていた。
水分補給のため、そして気分を落ち着かせるために俺は立ち上がった。
「待って」
が、聖良に呼び止められた。
目を吊り上げながら、こちらを睨んでいる。
さっきまで、機嫌良かったのに……。
「また、一人にするの?」
「いや、でもすぐそこだし……」
「一人にするの?」
「……じゃあ、一緒に行くか?」
「席、取られちゃうでしょ。それに飲み物なら、ここにあるから」
聖良はそう言いながら、ドリンクを前に突き出してきた。
例のハート形のストローが突き刺さった、バカップル用のやつだ。
「いや、でも、それはお前の……」
「二人用よ? 見ての通り」
「……」
聖良はニコニコと笑みを浮かべながらそう言った。
目は笑っていない。
それに圧も強い。
――何? 私と飲み物は共有できない? 汚いって言うの?
もし拒絶したら、そんな感じでブチ切れそうな雰囲気があった。
「……じゃあ、飲ませて貰おうかな」
確か、聖良はこっちの飲み口を使ってたはず。
俺は聖良が口をつけていないストローを使おうとするが……。
「……ふふ」
聖良は嘲笑うかのように、目の前でドリンクを回した。
ストローも一緒に回る。
これでどちらが聖良が使ったのか、お互いに分からなくなった。
「んっ」
そして聖良は片側のストローを咥えながら、俺に視線を送ってきた。
……一緒に飲めと。
いいだろう、飲んでやるよ。
俺もストローを咥える。
俺がジュースを飲むと同時に聖良もジュースを飲み始めた。
ピンク色の液体がストローの中を通り始める。
甘ったるい人工甘味料の味が口の中に広がる。
視線をジュースから正面に移すと、目の前に聖良の顔があった。
青い双眸がこちらをジッと見つめている。
いつもと変わらない、宗教芸術のように神秘的で美しい容貌がそこにあった。
普段と違うのは、その白い頬が真紅に染まっていることだろう。
きっと、俺の顔も似たような色に染まっているに違いない。
だからこそ、目を逸らさず、見つめてやる。
聖良も負けじと見つめてくる。
見つめ初めて、三秒。
聖良の瞳が揺れ動いた。
それから二秒して、聖良の青い目が左に逸れた。
そしてふっくらとした唇がストローから離れた
「……これで勘弁、してあげる」
赤い顔でそう言う彼女の唇を見て、ふと思った。
――キスしたいな。
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