第27話

 コインロッカーに預けた貴重品を回収すると、俺たちは昼食を買いに向かった。


「混んでるなぁ」

「お昼時だからね」


 当然のごとく、どの屋台も行列ができていた。

 普通に並んだら、一つ買うのに三十分は掛かりそうだ。


「二手に分かれましょう。私は飲み物を買うから、食べ物を買ってきて」

「む……別行動か」


 聖良はとびきりの美少女だ。

 人目があるとはいえ、そんな女の子を、水着という無防備な状態で放り出して良いものか。

 少し不安が残る。


「あら、私と離れるのは嫌?」

「別に嫌というわけじゃないが……」

「独占欲湧いちゃった? 束縛強い男は嫌われるわよ」


 聖良は楽しそうにケラケラと笑った。

 こいつ、人が心配しているのに……。


「何かあったら叫ぶから、大丈夫よ」

「そうか?」

「それにメンズのラッシュガードを着ている女に声を掛ける男はいないわよ」


 うん?

 男性用ラッシュガードを着ていると、声を掛けられなくなる?

 

「えーっと……どういう意味だ?」

「そりゃあ……」


 すると聖良は答え辛そうに口籠った。

 目を泳がせ、それから恥ずかしそうに目を伏せた。


「聖良?」

「……あなたみたいに鈍い人は、声を掛けてくるかもしれないわね」

「鈍いって、どういう……」

「早く買ってきなさい!」


 バチン!!

 聖良に胸板を強く叩かれた。


「い、いった……」

「私を一人にするのが不安なら、早く済ませてね」


 それから聖良は小さく鼻を鳴らした。


「あなたよりもいい男がいたら、そっちに行っちゃうから」






「全く、何なんだ」


 俺は聖良に叩かれた胸板を摩りながら、屋台を物色する。

 特に物珍しい物は売ってない。

 取り分けしやすいモノが良いだろうと考え、たこ焼きを買うことにした。


 さて、聖良はどこにいるかな……。


「……退いて貰えませんか?」


 聖良の声がした。

 俺は慌てて声のする方へと向かう。


 そこには二人組の男と、黒髪の女の子がいた。

 聖良ではない。


「ねぇ、君、一人? それとも、友達と一緒?」

「一緒に遊ばない? ほら、あそこのグループ。見ての通り、女の子もいるしさ。大勢の方が賑やかで楽しいよ?」


 典型的なナンパ現場だった。

 女の子の方が満更でもなさそうなら放っておこうか……と思ったが、そういう雰囲気ではない。

 困っている様子だ。

 どちらかと言えば、キレそうというのが正しいか。


 ……仕方がない。


「ごめん、お待たせ」


 俺は女の子に声を掛けながら、二人組との間に割って入った。

 そして男たちに告げる。


「彼女、俺の連れだから」


 俺がそう伝えると、男たちは舌打ちして去って行った。

 それから俺は女の子に向き直る。


 黒髪に黒い瞳の女の子だ。

 聖良ほどではないが、スタイルも良い。

 目つきは少し悪いが、顔立ちは日本人形のように整っている。

 清楚なワンピース型の水着が良く似合っている。

 ナンパされるのも納得の可愛さだ。

 聖良ほどではないが。


 さて、どうしようか。


 君一人? 危ないし、友達のところに送って行こうか?

 ……いや、これは何だかナンパみたいだな。


 聖良も待たせているところだし、わざわざ送ってあげるほどの義理はないか。


「じゃあ、俺はこれで……」

「私、あなたの連れになった覚えはありませんけど?」


 目を吊り上げるようにして、彼女はそう言った。

 何だかキレている。

 怒らせるようなことをした覚えはないが……。


「あれはあの二人を退散させるための、方便だ。俺もあんたの連れになったつもりはない」

「ふーん、そうですか? ……別に私、助けて欲しいなんて言ってませんけど?」

「ただのお節介だ。……じゃあ、俺は行くから」

「待ってください」


 服を掴まれた。


「何だ?」

「……女の子を、一人にするんですか?」

「……はぁ?」

「助けたんだから、最後まで責任を持ってください」


 女の子は鼻を鳴らしてからそう言った。

 すごい図々しいな、こいつ。


「まあ、いいけど。……どうすればいいんだ?」

「友達のところまで、送ってください」

「いいよ。どっちだ?」

「こっちです」


 俺は女の子の一歩後ろを歩いていく。


「私の名前は清華と言います。お兄さんは?」

「氷室春樹だ」

「では春樹さんと呼びます。私は清華ちゃんと呼んでください」

「あぁ、うん……」


 こいつ、距離の詰め方、えぐいな……。

 いつの間にか、隣を歩いていた女の子――清華に視線を送る。

 目と目が合う。

 ……聖良に似ている気がする。

 髪の色も目の色も、違うはずなのに。


「ちょっと、見ないで貰えますか?」


 何を勘違いしたのか、清華は両手で胸を隠した。


「見てねぇよ」


 聖良の胸以外には興味はない。

 しかし清華は納得していない様子で、変態だの、これだから男は……などと文句を言ってきた。

 うーん……。

 やっぱり、声質が似ている気がするんだよな。

 気のせいだろうけど。


「あ、清華ちゃん!!」

「遅いよ! 心配してたところなんだから……誰、その人?」


 少し歩いていると、二人組の女の子がこちらに手を振ってきた。

 友人のようだ。

「一人は危ないからと、送ってくれました。春樹さんです」

「そうなんだ。知り合いなの?」

「そうです」

「五分前からな」


 ツッコミどころが多いな……この子。


「じゃあ、俺はもう行くから」


 これ以上待たせると、聖良の機嫌が悪くなるかもしれない。

 俺は早々にこの場を立ち去ろうとするが……。


「待ってください」

「……何だ?」

「……ありがとう、ございました」


 清華は小さく鼻を鳴らした。

 お礼を言ってやった、感謝しろ。

 そんな感じの態度だ。


 俺は思わず苦笑した。


「どういたしまして。じゃあ、俺は……」

「ところで、春樹さん……一人ですか?」

「え?」

「一人なら、私たちと一緒に遊びませんか?」

「「ええ!?」」


 清華の言葉に二人の女の子は揃って困惑の声を上げた。

 何があったの!?

 と、そんな表情で俺と清華の顔を交互に見る。


 だが一番困惑しているのは俺だ。


 さっき、出会ったばかりの女の子に一緒に遊ぼうと誘われるなんて……。

 あれ?

 これ、もしかして、ナンパされてる?

 逆ナン?


「あぁ……折角の申し出で、悪いんだが」

「お友達と一緒ですか? いいですよ! 大人数の方が……」

「恋人を待たせてるから」


 俺がそう答えると清華の表情が凍り付いた。

 そして見る見るうちに不機嫌そうな顔になっていく。


「じゃあ、これで」


 俺は慌ててその場から退散した。

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