第26話

 海で遊び始めて、二時間。


「なんか、疲れちゃった……」


 浮き輪でぷかぷかと浮かびながら、聖良がそんなことを呟いた。

 つい先ほどまで、水を掛けてきたり、ビーチボールを投げ合ったりとはしゃいでいたのに……。


 急な電池切れだ。


「休憩しない?」

「そうだな。昼食にするか」


 時間としても、確かに昼時だ。

 休むにはちょうどいい時間帯だろう。


「じゃあ、上がろうか。……聖良?」

「運んでぇ……」

「……はいはい」


 俺は聖良を浮き輪ごと、波打ち際まで運ぶ。

 そして浜辺まで押し上げた。


「ほら、立て」

「おんぶして」

「浮き輪と一緒に運ばないといけないから、無理だ」

「えぇ……」

「後でしてやるから」


 俺がそう言うと、聖良は渋々という表情で立ち上がった。

 ……ただの移動になぜ、譲歩してやらないといけないのだろうか?


 疑問を抱きつつ、俺たちはレジャーシートを広げた場所まで戻って来た。 

 浮き輪を置き、ラッシュガードを着込んだ。


「あぁ……」

「どうした?」

「ラッシュガード、忘れちゃった。ワンピースを……あぁ、でも、海水で汚したくないし……」


 聖良はワンピースを手に持ちながら悩み始めた。

 そこそこ露出の多い水着だし、この恰好で外はあまりうろつきたくないだろう。

 俺も彼女の肌を衆目に晒すのは……ちょっと嫌だ。


「俺ので良ければ、使うか?」

「いいの?」

「肌、弱いんだろ?」

「じゃあ、ありがたくもらうわ」


 聖良は俺からラッシュガードを受け取った。

 とはいえ、俺も半裸でいるのは居心地が悪い。

 そこで着て来たシャツを羽織ることにした。


「ねぇねぇ、見て見て、春樹君」

「何だ?」

「この恰好、なんか、エッチじゃない?」


 ラッシュガードを着込んだ聖良は、余った袖口をパタパタとさせながらそう言った。

 エッチには……見えない。

 着込んだ分、露出は減っているんだから、むしろエッチじゃなくなっているはずだ。


「ズボンとか、スカート、履いてない人みたいに見えない?」

「あぁー」


 ようやく、言わんとしていることが分かった。

 元々、俺のラッシュガードなので聖良にとってはサイズが少し大きい。

 だから、服の裾が太腿まで達していて、水着のボトムスを隠している。


 それが“下半身に服を着ていない人”に見えるのだ。

 

 ……良いこと、思いついた。


「ちょっと、裾、捲ってみてくれないか?」

「え? いいけど……?」


 聖良は首を傾げながら、裾を掴み、少しだけ捲った。

 すると白い水着のボトムスがチラっと顔を出した。


 ……パンチラにしか見えない。


「ちょ、やだ!」


 俺の意図に気付いたのか、聖良は慌てて裾を両手で抑えた。

 そしてこちらを睨みつけて来た。


「変態」

「いや、先にエッチに見えるって言い出したのはそっちだろ。そもそも、水着だし」

「自分で自覚的にするのと、無自覚を気付かされるのは、違うの!」


 聖良はムスっと頬を膨らませた。

 しかしそうは言いつつも、ラッシュガードを脱ぐ様子はなかった。


 脱いだら脱いだで、露出が増えるのだから当然か。

 ……それとも、パンチラに見える状況を楽しんでいるのか。


「昼食、早く食べに行きましょう」


 聖良はそう言うとスタスタと歩き始めた。

 時折、ラッシュガードの裾を気にした様子で、引っ張ったりしながら。


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