第25話

「はい、これ。よろしく」


 聖良はそう言うと俺に日焼け止めクリームを手渡した。

 そしてレジャーシートの上に寝そべり、ビキニのフックを外す。

こちらを振り返り、ウィンクした。


「早く済ませてね」


 どうやら拒否権は無い様だ。


「はいはい」


 俺は聖良の背中に向き直る。

 彼女の肌は染み一つないほど白く、綺麗だった。

 まずは上からと、肩甲骨の辺りに手を置く。 


「ん……」


 聖良の唇から小さな声が漏れた。


「私、日焼けにはあまり強くなくて」

「そうなのか」

「真っ赤になっちゃうの。だから、厚めに塗ってね。塗り残しもないようにして」

「分かった」


 日焼けに弱いから、しっかり塗ってくれ。

 そう頼まれると、適当に塗って終わりというわけにはいかない。


 俺の塗り方によって、この白磁のように白く滑らかで美しい肌が、損なわれるかもしれないと思うと、責任重大だ。


「あ、ちょっと……擽ったい」

「おい、動くな」


 肩甲骨の下まで手を動かした辺りで、聖良が身動ぎを始めた。

 多少、動いたところで別に作業に支障はない。


 ただ、今の彼女は水着のトップスを外している状態だ。

 だから仰け反ったりすると、見えそうになる。


 見ようとしない限り見えないが、見ようとすれば見れるかもしれない。

 そう思うと見たくなる。


「ちょっと、触り方、ねちっこくない?」


 作業が背中にまで差し掛かったところで、聖良は文句を言い始めた。

 こちらを振り向きながら、ニヤニヤと笑っている。

 

「気のせいだろ」


 一瞬、胸の先端が視界の端に映りそうになったので、俺は慌てて目を逸らした。

 聖良は気付いていないようだ。

 むしろ俺の反応を“図星”と勘違いしたのか、増々調子づき始める。 


「えー、でも、さっきから同じ場所を何度も往復してない?」

「厚く塗れって言ったのはそっちだろ」


 特別、変な塗り方をしているつもりはない。

 きっと、どんなやり方をしてもこいつは俺を揶揄って来ただろう。


 そもそも、それが目的だろうし。


「この、むっつりスケベ!!」

「お前にだけは言われたくない……」


 無駄口を叩いるうちに、腰までクリームを塗り終えた。


「ほら、終わったぞ」

「えー、まだ、終わってないでしょ?」

「……後ろは全部、塗り終えたと思うが」

「お尻も塗って」


 聖良は笑いながら、身体を左右に揺らした。 

 それに合わせて、水着に包まれた尻が揺れる。


 ……胸もデカいと思ってたが、尻もデカいな。


「そこは自分で塗れるだろ」

「えー、いいじゃない。それくらい、ついでに塗っても。それとも、照れてる?」

「馬鹿言ってないで、早く水着を着ろ」

「ちょっとエロい触り方したくらいじゃ、怒らないから。役得だと思って……」

「早く起きろ」


 俺は聖良の尻を叩いた。

 パチン! と思ったよりも良い音が鳴った。


「ひゃん!」


 そして聖良の口から艶っぽい声が漏れた。


「……」

「……」

「……大丈夫か?」


 押し黙ってしまった聖良に、俺は声を掛ける。


 ちょっとした、悪ふざけのつもりだった。

 尻にクリームを塗ってくれと言うくらいだから、少し触るくらいなら冗談で済むと思った。

 そんなに強い力で叩いたつもりもない。


 だが、それはあくまで俺の視点だ。

 聖良は痛かったかもしれないし、恐怖を感じたかもしれない。

 

「あー、えっと……」


 嫌われたくない。

 でも、どう謝ればいいか……。


「ねぇ、春樹君」


 俺が言葉を濁していると、聖良が先に口を開いた。


「何だ?」

「今の、もう一回やって」

「は?」


 こいつ、何言ってるんだ?

 俺は聖良の言葉の意味が分からず、フリーズした。


「お尻、もう一度叩いてみて」

「は、はぁ……?」


 困惑しながらも、俺は軽く聖良の尻を叩く。

 ペチっと、小さな音がした。

 尻が少し揺れる。


 えっろ……。


「もっと、強く。さっきと、同じくらい」


 しかし今のは弱すぎて、気に入らなかったらしい。

 う、うん……。

 気は進まないが、そう言うなら……。


「いくぞ」


 俺は手を振り上げ、全力で尻を叩いた。

 バチン! と高い音が砂浜に響いた。


「ンぁ……!」


 聖良の唇から、呻き声が漏れた。

 それから彼女は真っ赤になった尻を摩る。


「い、いったぁ……!」

「……強すぎたか?」


 俺は呆れながらも聖良に尋ねた。


「う、うん……もうちょっと、弱い方が好きかも」

「あ、そう……」

「でも、悪くなかったわ」


 取り敢えず、満足したらしい。

 聖良は起き上がると、いそいそと水着のトップスを着直した。


「……新しい扉、開いちゃったかも」


 聖良は妙に艶っぽい表情でそう言った。

 どうやら、増々性癖を拗らせてしまったようだ。


「責任取ってね」

「やだよ」


 一人で叩いてくれ。

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