第24話


 ドキドキしていると、後ろから服が擦れる音がした。

 聖良が俺の背後で、服を脱いでいるのだ。


 もちろん、中に水着を着ているとのことなので、別に全裸になるわけでも下着姿になるわけでもないが……。

 すぐ近くで女子が着替えているというシチュエーションは、何だか背徳感があって興奮してしまう。


「もういい?」


 そろそろ脱ぎ終わっただろう。

 音が聞こえなくなったタイミングで、俺は聖良に尋ねた。


「まだ、ダメ」


 しかし聖良から返って来たのは、否定の言葉だった。

 まだ着替え終えていないのだろうか?


 もう少し待ってから、再度尋ねる。


「もういいか?」

「……ダメ」


 まだ、ダメらしい。

 どうやら焦らすつもりのようだ。


 見え透いた手ではあるが、ヤキモキしてしまっている自分がいる。

 手のひらで踊らされているようで、良い気分ではない。 

 だけど、仕方がない。


 だって、聖良の水着、見たいし。


「もう、いいよな?」

「……ダメよ」


 再び尋ねてみるが、まだダメらしい。

 いくら何でも、焦らし過ぎじゃないか。

 

 しかし何度も「いいよな?」と繰り返すと、俺が見たくて見たくて仕方がないように見えてしまう。

 いや、実際にそうなのだが、そう思われるのは恥ずかしい。


 だから、もう少し待つ。

 そして十分が経った。


「……さすがに、いいよな?」

「ちょ、ちょっと待って?」


 さすがにここまで焦らされると、逆に心配になってくる。


「……大丈夫か? 何か、トラブルでもあったか?」


 実は水着を着忘れていたとか。

 何かしらのパーツが足りないとか。


「い、いや、別にトラブルはないけど……」

「なら、どうして?」

「……」


 まさか、今更恥ずかしくなったとか?

 そっちから誘っておいて?

 スカートの中、履かないくせに?


「……いいわよ、こっち向いて?」


 俺が困惑していると、聖良は急に許可を出した。


「本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫って言ってるじゃない」

「いや、でもさっきまで、ダメって……」

「ちょっと、焦らしてたの! か、揶揄ってただけだから。勘違いしないで!」


 あ、ふーん。


「じゃあ、そっち向くぞ」

「だから、良いって言ってるじゃない。……早くしなさいよ」


 許可を得たので、俺は少し緊張しながらも聖良の方を向く。

 そこにはフリルの付いた白いビキニを着た美少女が立っていた。


「……おぉ」


 思わず、声が漏れた。


 大胆な水着。

 という事前の告知通り、真っ白い肌を普段よりも多めに晒したビキニ姿。

 同年代の少女と比較してスタイルの良い聖良の魅力を、最大限に引き出している。

 しかし不思議といやらしさは感じない。


 生地が白だからか、それともフリルが胸の谷間や臀部をさりげなく隠しているからか。

 官能的というよりは、むしろ可愛らしく、清楚な雰囲気を醸し出している。


 特に頭に被っている麦わら帽子との相性がとても良い。


「な、何とか、いいなさいよ……」


 惚けていると、聖良が恥ずかしそうに身動ぎしながら言った。

 それでも胸部や鼠径部を隠したりはしない。


 いや、隠したそうに手をうずうずさせてはいるが、それを思い止まるように硬く拳を握りしめている。


 ……何だか、逆にエロい。


 普段は恥じらいも何もない言動をしているくせに。

 こういう仕草をされると、ドキドキしてしまう。


 ギャップというやつだろうか。

 もし計算してやっているとしたら、大したものだ。


「滅茶苦茶、似合ってる。まさに聖女様って感じだな」

「ふ、ふーん……」

「綺麗だし、何よりも可愛い。惚れ直したよ」

「そ、そう……」


 俺が褒めそやすと、聖良は被っていた麦わら帽子を両手で抑えた。

 深く被り直し、顔を隠しながら小声で呟く。


「ほ、褒めても、何もしてあげないわよ」


 そう言ってチラっとこちらに視線を送って来た。

 その顔は真っ赤に染まっていた。


 照れているらしい。

 すごく可愛い。


 もっと褒めれば、さらに可愛い顔を見せてくれるだろうか。

 しかしこれ以上口を開けば、余計なことも言ってしまいそうだが……。


「……あなたの水着も、悪くないわよ。意外と、ガッシリしているのね」


 俺が葛藤していると、聖良が俺のことを褒めて来た。

 男の水着に似合うも何も、あるだろうか?

 

「恥ずかしくない程度には、鍛えているから」

「そ、そう。結構なことだわ。関心ね。褒めてあげる」

「……」

「……」


 お互い、無言になってしまった。

 や、やっぱり、お互いに半裸は少し恥ずかしいな……。


「は、早く、海に入ろう」

「そ、そうね……」


 俺は気まずさを誤魔化すために、準備体操を始めた。

 体を動かしている間は、別に会話がなくとも違和感はない。

 

 そう、自分を誤魔化すために。


 一方の聖良は準備体操をしている俺を、じっと眺めている。

 いや、睨みつけているが正しいか?


 ……ちょっと、恥ずかしいんだが。


「準備体操、少しはしないと、危ないぞ」

「……その前に、することがあるでしょ?」

「すること?」


 思わず聞き返すと、聖良は葛藤するように黙り込んだ。

 そして呟くように言った。


「日焼け止め」

「……事前に塗って来てるけど」

「私は塗ってないから」


 聖良はムスッとした表情でそう言った。 

 そして鼻を鳴らす。


「背中、塗るの、手伝って」

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