第21話
夏休みがやって来た。
部活も真面目にやっていない。
予備校にも通っていない。
そんな俺にとっては、少々、暇すぎる季節だ。
もちろん、だからと言って授業を受けたいわけではないが……。
そのため去年は早々に実家に帰り、ダラダラと過ごしていたのだが、今年は違った。
「いらっしゃい」
「お邪魔するわ」
聖良が家に入り浸るようになったからだ。
一緒に勉強したい。
ということであるが、聖良の目当てはゲームである。
最低限の建前として勉強を少しだけやり、後はゲームで遊んでいる。
ゲームと言っても、普通のゲームではない。
エロゲだ。
貸しても良いのだが、聖良の家ではゲームを快適にプレイする環境がないらしい。
もっとも、仮にあったとしてもやり辛いのは分かる。
薄い本のようにすぐに隠せるようなモノでもないしな。
……だからと言って異性の同級生の家でやるのも、どうかと思うが。
一応、聖良の名誉のために言っておくと、エロゲばかりプレイしているわけではない。
二人で遊べる対戦ゲームもやったりしている。
プレイ時間で考えれば、こちらの方が長いかもしれない。
どちらにせよ、勉強をしていないことは変わりはないが。
「感動したわ……」
聖良はイヤホンを外すと、感極まったような声でそう言った。
どうやら一区切りついたようだ。
「それにしても、幼馴染が黒幕だったなんて」
「一つ聞いていいか?」
「何?」
「勉強しなくていいのか?」
俺は一応、聖良にそう聞いてみた。
すると聖良は小さく鼻で笑うように言った。
「授業を聞いて、教科書を読んでいれば、それで十分よ。」
聖良はこう見えて、学年一位の成績である。
俺はてっきり毎日、予習復習を欠かさずしているのかと思っていたのだが、そういうわけではないらしい。
努力ではなく、素のスペックでごり押ししているようだ。
「さすがに試験三日前なら、やるけどね」
「羨ましい限りだ」
「そう言うあなたも、そこそこ成績、いいじゃない」
「俺は予習復習しているからな」
夏季休暇中も、予備校にこそ言っていないが、勉強自体は続けている。
もっとも、一日一時間程度だが。
こういうのは毎日、続けるのが重要だ。
その方が後で楽になる。
「ふーん、そう」
「ところでそろそろ、昼だが……素麺でいいか?」
「ええ、もちろん。私、薬味、切るから」
「分かった。じゃあ、茹でておくよ」
役割分担を軽く決めると、二人で素麺を作り始める。
もっとも、茹でるだけ、薬味を切るだけなので、料理と言えるほどのものではないが。
準備の時間も含め、素麺は五分で完成した。
「美味しい。……前から思っていたけれど、良い素麺、買ってるわね」
「そうなのか?」
素麺を啜りながら、俺は首を傾げた。
確かに美味しいとは思うが、この素麺が“良い物”であるかどうかまでは知らない。
このメーカーの素麺しか食べたことがないからだ。
「知らないで買ってたの?」
「実家から送ってもらってるやつだから」
「あぁ、なるほど。……お坊ちゃまだものね」
「お嬢様に言われたくない」
俺たちは素麺を食べ終えると、食器を洗う。
「……ねぇ、春樹君」
「どうした?」
「プールと海、どっちが好き?」
「海かな。解放感あるし」
「ふーん、そう」
「お前は?」
「プールの方が好きかしら。海は海水で髪が痛むし」
「確かになぁ」
「そもそも日焼けするから、そんなに好きじゃないのよね。どっちも」
「へぇ、そうなんだ。意外だな」
「そんなに肌、強そうに見える?」
「いいや。ただ、合法的に露出できるから、むしろ好きなのかなと」
「人を何だと思っているのかしら?」
「露出狂」
「……癖はあるのは、認めるけど。でもね、見られるのは嫌なの」
「そうなのか?」
「ええ。……実際、見せてはいないでしょ?」
「確かに、見せてはいないな」
「見えるかもしれないとドキドキするのは好きだけど、他人に肌は見せたくはないのよ」
「奥が深いな」
「ええ。だから普段は行かないの」
「でも、水着、買ってたよな?」
「付き合いって、あるじゃない。妹とか、友達にどうしても行きたいと言われたら、行ってあげるのよ。それに水遊び自体は、嫌いじゃないの。涼しいしね。夏の風物詩だし。一度も行かないのは、それはそれで勿体ない気持ちになるのよね」
「分からないでもないな。好きじゃなくても、その季節ならではのことは、やりたいよな。年に一度くらいは」
「そうそう。秋とかになって、やっておけば良かったなーって、なるのは嫌なのよね」
「ふーん。それで今年はどうなんだ? もう、八月だが」
「まだね。だから誘われたら、行こうかなって。積極的な気持ちになってるのよ。せっかく、水着も買ったし」
「……」
「……大胆なやつ、買っちゃったし」
「……」
チラ、チラ、チラ。
聖良は何度もアイコンタクトを取りながら言った。
「……なら、行くか? 俺と一緒に、海かプール」
俺がそう言うと、聖良は待ってましたとばかりに飛び上がった。
そしてニヤけ顔を浮かべる。
「ヤダぁ。それ、私の水着目当てでしょ?」
「ああ」
俺が肯定すると、聖良の動きが固まった。
何だ、こいつ。
自分からアピールしてきたくせに。
俺が照れ隠しで否定するとでも、思っていたのか?
「み、見たいの?」
「見たくないわけないだろう?」
「そ、そう……」
「嫌ならいいけどな」
「い、嫌ではないけど……」
聖良は葛藤するような表情を見せた。
そして俺の顔色を伺うような仕草を見せる。
「……大胆なやつじゃないと、ダメ?」
「いや、別に。好きな物を着てくればいいんじゃないか?」
「そ、そう?」
「そもそも俺はお前がどんな水着を買ったか、知らないし」
「そ、そうよね? それなら……」
「でも、期待はしておく」
「……そ、そう」
聖良は顔を隠すように、俺から顔を背けた。
銀色の髪から覗く耳は、真っ赤に染まっている。
「……か、考えておくわ」
ぽつりと呟くように言った。
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