第10話

 我が校では六月中旬に体育祭が行われる。

 そして目玉競技のうちの一つに二人一組で行う男女障害物競走がある。


 カップル量産競争とも、言われている。

 男女で手を繋ぎながら走るので、吊り橋効果も相まって、関係が深まるからだそうだ。

 もっとも、そもそも仲が良い男女しか出場したがらないというのが実態だと思う。


 男女障害物競争に出場したから付き合うのではなく、もうすでに付き合っているか、付き合う秒読みくらいに仲の良い男女が、男女障害物競争に出場するのだ。


 もっとも、残念ながらうちのクラスにはそんなに仲の良いカップルはいなかった。

 そこでクジ引きで出場する男女を選ぶことになったのだが……。


「それにしても、つくづく縁があるわね。氷室君」

「そうだな」


 厳正なるクジ引きの結果、俺は早乙女と組むことになってしまった。

 俺にとっては早乙女はクラスで一番親しい女子なので、組む相手としては悪くない。


「ところで、氷室君って体育祭とか、燃える派? 燃えない派?」

「燃えない派かな。……最低限、真面目にはやるが」


 高校生にもなって、「体育祭で勝ってやるぜ!!」とはならない。

 もちろん、気晴らしにはなるので嫌いではないが。


「それは良かったわ。私も同じだから」

「なら、ほどほどに頑張ろうか」


 そんな約束をして迎えた、体育祭当日……の昼休み。


『三階の空き教室で待ってるから』


 早乙女に呼び出された。 

 何事かと思い、三階に赴くと、彼女は弁当を片手に持っていた。


「せっかくだし、一緒に食べない? 親睦も兼ねて」

「お互い、親睦は十分だと思うが……」


 そうは言いつつも、嫌という理由はない。

 一緒に食事をすることにした。


「氷室君は……ふーん、コンビニで買ったおにぎりね」

「……何か、問題あるか?」


 多少なりとも自炊はするが……。

 とはいえ、忙しい朝に弁当を作って持ってくる気にはなれない。


「私は手作りよ」


 早乙女は何故かしたり顔で言った。

 女子が食べるにしては妙に大きめの弁当箱に、美味しそうなおかずが詰まっている。


「お手伝いさんの?」

「私の! それじゃあ、自慢にならないでしょ!」


 どうやら自慢のつもりだったらしい。

 なるほど……俺が自分よりもクオリティーの高い弁当を持ってくるんじゃないかと、心配していたのか。

 そしてコンビニのおにぎりだったから、安心して自慢したと。


 しょうもないやつである。

 やはり“聖女”は雰囲気だけだな、こいつ。


「どう? 食べたい? どうしてもと言うなら、少し食べさせてあげないこともないわよ?」

「いや、別に」

「実はちょっと作り過ぎちゃって。このままだと、全部食べ切れないかもしれないなぁ……でも、夏場だし。持って帰るわけにも……」


 チラチラと早乙女は俺に視線を送って来た。

 何か、妙に押しが強い。


「あぁー、うん、じゃあ、少しもらおうかな」

「はい、これ。お箸ね」

「どうも」


 早乙女から箸を受け取ると、俺は卵焼きを一つ、口に運んだ。

 どうやら、早乙女は弁当に入れる卵焼きは甘い味付けにするタイプらしい。

 俺は卵焼きはしょっぱい味付けの方が好きだが、しかし弁当には甘い卵焼きを入れるべきだと思っている。


「この卵焼き、中々……」

「食べたわね」


 褒めようとした途端、早乙女はニヤっと笑みを浮かべた。

 いや、食べたけどさ……。


「中に何か、入ってたのか?」

「感度が三千倍になる媚薬」

「……。ごめん、面白い返ししようと思ったけど思い浮かばなかったわ」


 感度が三千倍になった演技なんて、高度過ぎてできない。


「実は折り入って、頼みがあって」


 早乙女は俺との距離を詰めて来た。

 モジモジと、頬を赤らめる。


「えっと……その、先日、貸してもらったじゃない? その、えっちな……」


 そして俺の耳元で小さな声で囁く。 

 その擽ったい感触に俺は思わず身動ぎした。


「薄い本をもっと貸して欲しい?」

「そ、そう。……ダメ?」

「別に構わないが。……でも、学校に持ち込むのは憚られるな」


 何度も貸し借りしていれば、人目についてしまう機会もあるだろう。

 さすがの俺も学校に薄い本を持ち込んでいたと醜聞が立つのは嫌だ。


「私があなたの家まで、受け取りに行くわ。……大丈夫、こっそり行くから」

「そうか。じゃあ、来たい時に来てくれ」

「なら、今日、寄るわ」

「そ、そう……」


 そんなに気に入ったのか……。

 もしかして、俺はこいつに与えてはいけない物を与えてしまったのか?

 ただでさえ拗れている性癖が、これ以上、拗れなければいいんだが。


「じゃあ、お礼にどんどん、食べて!」

「あぁ……う、うん」


 勢いに押される形で、俺は早乙女の作ったおかずを口に運ぶ。

 味は普通に美味しい。

 素朴で、家庭的な味だ。

 

 早乙女はしばらく満足そうな表情を浮かべていたが、再び距離を詰めて来た。

 肘が胸に当たり、俺は慌てて腕を引く。

 早乙女は気にせず近づき、耳元で囁いて来た。


「私、体育祭自体は、そこそこ好きなの。どうしてだと思う?」

「体操服でいられるからだろ」

「……もう少し、悩んで」

「違うのか?」

「……違わないけど」


 早乙女は不服そうな表情で答えた。

 体操服は普通の衣服と比較して薄着だし、半袖短パンで露出も(多いとまでは言わないが)ある。

 露出癖持ちの早乙女にとっては、悪くない服装なのだろう。


「ちなみに、ここだけの話だけど……」

「何だ?」

「実は一つ、小さめのサイズを着ているの」


 早乙女の言葉に、俺は思わず彼女の服装を確認した。

 言われてみると、少しパツパツ気味になっている……気がする。

 胸の形もくっきりと浮き出ているし、短パンも短めで、少し際どい。


「やだ、えっち。見ないでよ」

「お前から言い出したんだろうが」


 慌てて俺が目を背けると、早乙女は楽しそうに笑った。

 ……悔しいな。


「そこまでするなら、もっと派手な色にすれば良かったんじゃないか?」

「そ、それは……さ、さすがに、悪目立ちするじゃない」


 早乙女は仄かに顔を赤らめ、顔を背けた。

そして胸を両手で隠す。


 早乙女曰く、今日は白らしい。

 薄手の体操服からは白いキャミソールが僅かに透けて見えていた。


「……み、見ないでよ」


 早乙女はこちらを睨みつけて来た。

 キャミソールが透けて見えるのは恥ずかしいらしい。

 ……基準が分からん。

 ノーパンの方が百倍、恥ずかしいと思うが。




 そんなこんなで食事を終える頃には、昼休みの終わりの時刻と、そして障害物競走の時間が近づいて来た。


「……先、行ってて。私、後から行くから」


 早乙女はそう言うと、いそいそと教室から出て行った。

 トイレだろうか?


 そう思いながら俺は一足先に会場に行き、早乙女を待つ。

 あと少しで競技が始まってしまう。

 待ってもらうように言うべきか、探しに行くべきか。

 そう思っていると、早乙女が小走りでやって来た。


 その顔は少し赤かった。


「体調、悪いのか?」

「ううん、大丈夫」


 司会の指示を受け、俺たちはスタート地点に向かう。

 正直、体育祭の勝敗に興味はないが、しかしたくさんの人に見られていると思うと、多少なりとも緊張してしまう。

 俺が少しだけドキドキしていると……。


「氷室君」

「うわ」


 突然、手を握られた。

 心臓の鼓動が強くなる。


「走る前に一つ、伝えたいことがあって」

「な、何だよ」

「実はね」


 早乙女はそう言うと、俺の腕を軽く引いた。

 そして少しだけ背伸びをして、俺の耳元に唇を近づけた。

 

「私、今……」


 二の腕に柔らかい物が触れた。


「ノーブラなの」

「は?」


 ホイッスルの音が運動場に響いた。




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