第8話
『お見舞い行こうと思うけど、欲しい物、ある?』
『プリン』
『じゃあ、放課後、行くから』
『……そうだ、忘れてた』
『何だ?』
『今日は白ね』
メッセージから伝わる雰囲気は、そこそこ元気そうだ。
もっとも、虚勢を張っている可能性はある。
『脱がずに暖かくしろよ』
『当たり前じゃない』
ちゃんと履いて登校してくるのが“当たり前”だけどな。
そう突っ込もうと思ったが、やめておいた。
本人は自分のこと、変態だと思っていなさそうだし。
というわけで俺は差し入れと、ついてにご所望のプリンをケーキ屋で購入し、早乙女の家へと向かった。
「おぉ、立派だな」
早乙女の家はすぐに分かった。
家……というよりも、屋敷だが。
大きな塀に囲まれた、洋風建築だ。
維持費だけでもとんでもなく金がかかりそうだ。
通してもらえるか少し心配したが、早乙女が事前に俺が来ることを伝えてくれていたらしい。
インターフォンで名前と用件を伝えると、すんなりと通してもらえた。
「お見舞いに来てくださり、ありがとうございます」
お手伝いさんに、家の中を案内してもらう。
家の中も手入れが行き届いている印象だ。
時折、飾られている美術品も高価で歴史のある代物が多い。
さすが、成り上がりのうちとは違うな。
「お嬢様のお部屋はこちらです」
しばらく歩いてから、いくつもある扉の前でお手伝いさんは足を止めた。
ここが早乙女の私室のようだ。
「んっ、ぁン……」
僅かに早乙女の呻き声が聞こえた気がした。
……体調、悪いのだろうか?
一方、お手伝いさんはお構いなしにドアをノックする。
「こほん……お嬢様! 氷室様がお越しになられました。開けてもよろしいですか?」
「……え? ちょ、ま、待って!!」
ドアから早乙女の叫び声が聞こえた。
続いてドタバタと動き回る音が聞こえ……。
「えー、こほん。開けてもいいわ。通して」
「では失礼します」
お手伝いさんは襖を開けた。
そこにはベッドの上で上体を起こした早乙女がいた。
白いネグリジェ――ワンピース型の寝間着を着ている。
“聖女様”と呼ばれるだけあって、雰囲気は清楚で純粋無垢なお姫様という感じだ。
中身は性女だが……。
「後でお茶をお持ちします。それでは、ごゆっくり」
お手伝いさんは一礼すると、その場から立ち去った。
俺は早乙女の前まで進んだ。
「元気そうだな」
「え、えぇ……ま、まぁ……」
早乙女はそう言って目を逸らした。
体調はそこまで悪そうには見えないが……。
しかし顔がなぜか、真っ赤だ。
服装も少し乱れているように感じる。
寝起きだからか。
「熱はどうだ?」
「え、あ、ちょっと……」
以前の仕返しも兼ねて、俺は早乙女の額に手を当てた。
ちょっと……いや、かなり熱い気がする。
「熱、高いみたいだけど、大丈夫か? 顔も真っ赤だし……」
「だ、大丈夫よ! は、離れて……」
早乙女はそう言うと俺の手を振り払った。
普段よりも、大人しいというか、しおらしい気がする。
なぜか、こちらと目を合わせようとしないし……。
「ところで、どうして窓まで、開けっ放しなんだ?」
不思議なことに早乙女の私室の窓が、開けっぱなしになっていた。
そのせいか、外の蒸し暑い熱気が中に入ってきている。
「か、換気よ、換気。べ、別にいいじゃない」
「そうか。……窓ガラス、ちょっと見せてもらっていいか?」
「うん? まあ、いいけど」
俺は早乙女の許可を取り、立ち上がると窓ガラスの前に立つ。
窓ガラス越しに、中庭の景色を見てみる。
すると僅かに景色が歪んで見えた。
「大正ガラスじゃないか。珍しい。維持するのも、大変だろう」
「そうね。……私は市か県にでも、寄贈して博物館にしてしまえばいいと思っているけどね。受け取り拒否されるかもしれないけど」
早乙女は吐き捨てるように言った。
どうやらこの家があまり好きではなさそうだ。
確かに観光する分はいいが、住むには快適とは言えなさそうではある。
夏はジメジメしそうだし、冬は冬で寒そうだ。
「……ついでに窓、閉めてもらえる? ちょっと、暑くなってきたし」
「換気はいいのか?」
「ええ。……もう、臭いも残ってないと思うし」
早乙女は鼻をスンスンさせながら言った。
……臭い?
俺は思わず首を傾げた。
「……そうだ。それ、似合ってるな。聖女様っぽいぞ」
「そう? ありがとう」
早乙女は淡泊な声でそう答えた。
やはり言われ慣れているか……と思ったが、よく見ると照れくさそうに髪を弄っている。
口元も僅かに緩んでいた。
聖女様も褒められれば、素直に嬉しいらしい。
今度から積極的にお世辞を言ってやろう。
そんな話をしていると、お手伝いさんは麦茶を運んできてくれた。
せっかくだし、お土産でも開けるか。
「プリン、食べるか?」
「あら、本当に買ってきてくれたの。……って、それ、高いやつじゃない。コンビニのでも良かったのに」
そう言う割には早乙女は嬉しそうだった。
喜んでもらえて何よりだ。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「それは良かった。ところで、早乙女」
「何?」
「前に貸した、薄い本。どうだ? 面白かったか?」
大したページ数はないし。
もう読み終えたかな? と思った俺は何気ない調子で早乙女にそう尋ねた。
すると……。
「……え」
早乙女の表情が固まった。
そして見る見るうちに、顔が赤くなる。
「き、気付いてたの……?」
……何が?
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