第7話
「意外と食材があって、驚いたわ。自炊、しているのね」
そう言いながら早乙女が持って来てくれたのは、卵雑炊だった。
美味しそうな匂いが鼻腔を擽る。
「まあ、そこそこだ」
「そこそこの割にはいろいろ、揃っていたけれど」
二日に一度くらいは自炊しているが……。
とはいえ、風邪を引いている最中に食事を作ろうという気にはなれない。
コンビニで適当に買って食べるしかないと思っていたので、早乙女には感謝しかない。
何より、聖女様の手料理だ。
それだけで美味しそうに感じる。
「では、いただきます」
俺は匙を手に取って、卵雑炊を口に運ぶ。
ふんわりと出汁の香りが口の中に広がった。
味付けはやや薄味だが、体調不良の今は丁度良い。
雑炊の上に散らされている青ネギが、良いアクセントになっている。
「美味しい。料理、上手なんだな」
「大して手の込んだ物じゃないけど。食材をあり合わせだし」
「それを短時間で作れるのは、料理上手の証だろ」
普段から料理をしない人でも、レシピを見ながら作れば、手の込んだ豪華な料理を作ることはできる。
だがあり合わせの材料で、簡単に美味しい料理を作れるのは、普段から料理をしている人だけだ。
「……そこそこなだけよ」
早乙女は照れくさそうに頬を背けた。
こいつのこういう表情は割と貴重だ。
「世間話ついでに、聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「お前の趣味、いつから始めているんだ?」
「……そうね」
早乙女は遠い目をした。
「それはある、夏の暑い日だったわ」
「ほう」
「当時、私は小学生だったのだけれど。その日、水泳の授業があってね。ただ、水着に着替えるのが面倒くさかった私は……」
「なるほど。お前が何度も同じ失敗を繰り返しているのは、よく分かった」
要するに前回と同様に水着を着て登校したら、うっかり下着を忘れて、ノーパンで過ごしたのだろう。
それが原因で性癖を拗らせたのだ。
「……昨日はわざと忘れたわけじゃないのよ? 本当だから。そこまで、変態じゃないから」
なぜか早乙女は慌てた様子で弁明を始めた。
どちらにせよ変態だと思うのだが……。
こいつ、自分が変態だと思っていないのだろうか? 思っていなさそうだな。
「もう一つ、聞いていいか?」
「うん」
「彼氏作れば解決だと思うんだが、作らないのか?」
彼氏と好きなだけ露出プレイでも何でもすれば良いと思うのだが。
いや、もちろん俺は嫌じゃないのだが。
「彼氏ねぇ……まあ、考えないわけでもなかったけど」
「けど?」
「別れた後に、あることないこと吹聴されたら困るじゃない?」
「確かに」
特殊なプレイだしな。
あいつ、超変態だったぜ! とか吹聴されるのは嫌だろう。
「そもそも、趣味に付き合ってくれるかどうかも分からないし」
「それもそうだ」
「それに恋人って、面倒でしょう? 結婚も……」
そう言う早乙女の表情は少し暗かった。
何か恋愛関係で嫌な事でもあったのだろうか。
……まあ、こいつほどの美少女なら過去に恋人の一人二人いてもおかしくはないが。
「その点、氷室君は適当に扱っても問題なさそうだから」
「それはどうも」
信用されている。
と、肯定的に捉えておこう。
「ところで私からもいいかしら?」
「どうぞ」
「男の子って、ベッドの下にエッチな本を隠してるって聞いたけど。確認していい?」
「別に構わないが、ベッドの下にはないぞ」
「ベッドの下にはない、ね。ということは持ってるんだ」
早乙女はニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言った。
もしかして、俺が墓穴を掘ったと思っているのだろうか?
「そこの押し入れの中にあるぞ」
「……や、やけに素直に教えるじゃない」
なぜか早乙女は身構えた。
警戒心を覚えるタイミングがおかしいだろ。
「年頃の男女なら、みんな持ってるものだろ。隠しても仕方がない」
「私は持ってないけど?」
「ふーん」
「ほ、本当よ? ……R12くらいなら、持っているけど」
早乙女は恥ずかしそうに、目を逸らしながら言った。
日常生活がR18指定のくせに、何をカマトトぶっているのだろうか。
「……見ていい?」
「好きにしろ」
俺が許可を出すと、早乙女はおずおずと押し入れを開いた。
そして押し入れに頭を入れる。
スカートに包まれた尻が揺れる。
……履いているんだろうか? 履いていないんだろうか? 気になる。
「随分、たくさん持っているじゃない……」
早乙女は段ボール箱を一つ、押し入れから引っ張りだした。
そして中を開けて、そのうちの一冊を手に取る。
そして表紙を開き……。
「きゃっ!」
悲鳴を上げた。
「……どうした?」
コレクションの中には、エグい描写の内容の物もある。
初心者には刺激が強い、上級者向けのやつを引き当ててしまったのか……。
と思ったが、表紙を見たら普通の人間の男女の純愛モノだった。
「は、裸……だ、大事な物が、丸見えじゃない!」
早乙女は両手で顔を隠しながらそう言った。
しかしよく見ると、手の隙間から目だけ覗かせている。
「エロ本なんだから、当たり前だろ」
「で、でも、こ、これ、子供が読んで見ていい内容じゃ……」
「エロ本だからな」
何を言っているんだ、こいつは。
とはいえ、やはり興味はあるらしく、早乙女はおずおずと薄い本を開き始めた。
「こ、こんな、破廉恥な……え、えぇ? そ、そんなところまで? だ、ダメでしょ……」
早乙女はそんなことを口走りながら、薄い本を凝視する。
終いには太腿をすり合わせ、モジモジし始めた。
夢中になり過ぎて周りが見えていない様子だ。
「気に入った?」
「え? あ、いや、ち、違うの! こ、これは、ただ、学術的な興味なだけで、べ、別に……」
「気に入ったなら、貸すぞ」
俺の言葉に早乙女は目を見開いた。
「い、いいの?」
「好きなだけ、持って行っていいぞ」
看病のお礼……というのは恩義着せがましいか。
好きな物は他人に共有したいのが、人の性だ。
「そ、そう。……なら、借りていこうかしら。べ、別に、こういうのが好きってわけじゃ、ないのよ? ただ、続きが気になるから。中途半端は良くないし……」
早乙女は言い訳しながら、そさくさと鞄の中に薄い本をしまった。
「それと、早乙女」
「な、なに?」
「ご馳走様。美味しかった」
俺は空になった器を見せた。
最後まで美味しく食べることができた。
「そ、そう。お粗末様でした……。余った分はタッパーに入れて、冷蔵に仕舞ってあるから。食べるなら、腐らないうちにね」
「分かった。ありがとう」
「じゃ、じゃあ……私は帰るから」
「あぁ。……今度、感想を聞かせてくれ」
「え、えぇ……読み終えたらね」
早乙女は鞄を胸に抱きかかえながら、立ち去って行った。
それから二日後。
ようやく回復した俺は久しぶりに学校に登校したが……。
今度は早乙女が風邪を引いた。
……うん、俺のせいだな、これ。
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