第2話


 どうして聖女様が俺にスカートの中身について、教えてくれるようになったのか。

 実は心当たりがないわけではない。

 それは今から一週間前、丁度、五月の末頃だった。


 俺はその日の放課後、早乙女と一緒に日直の仕事をしていた。


 教室を箒で履いたり、黒板を消したり、日誌を書いたり。

 その程度の些細な仕事だ。

 俺と早乙女は事務的な会話を続けながら、仕事を終わらせた。


 そしてこれから家に帰ろう。

 そんな時だった。


 携帯が鳴った。

 早乙女は何気ない仕草でポケットに手を入れて、携帯を取り出した。

 その拍子にポロっと、ポケットから黒い何かが落ちた。


 ハンカチか。


 俺はそう思い、それを拾い上げた。


「早乙女、落としたぞ……?」


 拾い上げて、すぐに気づいた。

 ハンカチにしては、手触りが滑らかすぎる。


 視線を自分の手の中に落とす。

 それは女性用の下着……要するに、ショーツだった。


 黒くて光沢のある生地で、僅かに透けていた。

 まあまあ、エロい下着だった。


 思わず早乙女の顔を見た。

 早乙女は口を開けたまま、固まっていた。


「……え」

「……あ」

 

 俺と早乙女の口から、間抜けな声が漏れた。

 そして見る見るうちに、早乙女の顔が赤く染まった。


「返して!!」


 ひったくるように、早乙女は俺の手からショーツを奪った。

 そして俺を睨みつけた。


「……誰かに言ったら、殺すから」

「あ、はい」


 聖女様でも“殺す”とか言うんだ。

 そう思っているうちに、早乙女は逃げるように立ち去ってしまった。


 どうして早乙女はポケットにショーツなんて入れていたのか。

 正直、分からなかったが……。


 何かしらの深い事情があるんだろうと、思うことにした。

 お漏らしとか。

 誰だって、間が悪い時はあるものだ。


 それを笑ったり、話のネタにするようなことはしない。

 もっとも、俺が聖女様はパンツ履いてないと言っても、誰も信じてくれはしないだろうけど。


 そういうわけでこの事件のことは忘れることにしたのだが……早乙女にとっては、そうではなかったらしい。


 毎朝、彼女から睨まれるようになった。

 かと思ったら、避けられたり。

 目を逸らされたり。


 別に彼女とは友人同士でも何でもないのだが、隣の席にいる以上、そういう態度を取られると気まずい。

 何より、誰にでも優しい態度を崩さない聖女様が、俺にだけ妙な態度を取るのは少し目立つ。


 何とかならないかと思っていた矢先。

 メッセージで体育館裏に呼び出された。


 なお、どうして連絡先を持っているかと言われると、クラス全体のグループに、俺も早乙女も参加しているからだ。

 今まで個人間でメッセージが来たことはないし、来るとも思っていなかった。


 何だろう、俺、訴えられんのかな……。


 そわそわしながら、俺は体育館裏にやって来た。


「何の用だ」

「え、えっと……」


 いつもはクールで余裕を崩さない態度の早乙女は、いつになく不安そうな表情をしていた。

 そして上目遣いで俺に尋ねた。


「あ、あのこと……誰にも、言ってない?」

「……アレを、拾ったやつか?」

「え、えぇ……そうよ」

「言ってないし、言うつもりもない」


 俺は即答した。

 すると早乙女は少し意外そうな様子で、目を見開いた。


「ふ、ふーん。……話のネタとしては、面白いと思うけれど?」


 早乙女は訝しげに俺に尋ねた。

 人を何だと思っているのか……。


「人の失態をネタにするほど、なり下がったつもりはない」

「ふーん」

「そもそも、誰も信じないだろ。……俺の言葉より、お前の言葉の方を、みんな信じるんじゃないか?」


 だからこそ、早乙女が「パンツを盗まれた」と騒ぎだしたら、俺の立場は危うくなるのだが……。


「……なるほど、それもそうね」


 早乙女は納得した様子で頷いた。 

 それから悪戯っぽく笑った。


「お礼に良いこと、教えてあげる」

「良いこと?」

「……ふふ」


 早乙女は小さく笑い、そして少し赤らんだ顔で言った。


「今日は、白だから」

「……は?」

「じゃあ、また明日」


 呆然とする俺を置いて、早乙女は立ち去ってしまった。


 それ以来だ。

 早乙女が俺にスカートの中身について、メッセージを送ってくるようになったのは。


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