第6話 屋敷案内

 どれくらいか、うつ伏せのままぼーっとしていると誰かが扉をノックした。慌てて起き上がって出ると、イーサンだった。

 彼は外套を脱いで白いシャツ一枚になっている。そして手には茶色い液体が入った瓶を持っていて、ラベルにはウイスキーと書かれていた。

「寝れないか」

「うん」

「なら、散歩がてら屋敷の案内をしようか?」

 イーサンがニッと笑う。このまま部屋に一人でいるよりはずっといい。

「行く」

「よし来い」

 部屋を出ると、丁度オーウェンが階段を下りてきた。彼もシャツ姿だ。

「お、散歩か?」

「と、屋敷の案内だ」

「俺も行く! 丁度暇だったんだよな」

「いいぞ」


 こうしてイーサンとオーウェンに、サラフィエル家の屋敷を案内してもらうことになった。

 二人を前に、まずは二階へ行く。

「一階にはそれぞれの個室がある。二階はアリスちゃんの自室と、図書室と、最初に入った自由部屋って呼んでる部屋があって、それ以外は空き部屋だ。空き部屋は勝手な使用は禁止だが、図書室と自由部屋はいつでも使っていい」

 イーサンはアリスの自室だという扉の、向かいにある扉を開けた。

「ここが図書室だ」

 図書室は自由部屋より広く、部屋の真ん中に円形の大きな机が置かれていて、その他は全て本棚だった。

 近くにある本棚に並べられた本を見てみたが、背表紙に書かれているタイトルは長くてミックには理解が難しいものだった。

 部屋の左奥を見ると、ドルリーが本棚の前にイスを置いて座り、分厚い本を読んでいた。真剣な表情で、集中しているのかこっちには気付いていない。

「ここにある本は歴史書とか学術的な本が多い。あとドルリーは基本的にここにいる。そういう本を読むのが好きで、集中している時は多少の物音じゃ気付かない」

 ドルリーの邪魔をしないよう、三人はそっと図書室を後にした。


 アリスの自室の隣にあるのが、自己紹介をした自由部屋だ。

「基本的に全員で集まる時は自由部屋を使用する。魔物討伐の作戦を立てたりする時なんかに使うことが多いな」

 再び一階へ下りて廊下を渡り、玄関まで来た。

「こっから先はアリスの叔父さんが住んでる。俺たちは行かない方がいい」

 オーウェンが指を差したのは、玄関に入って左手だ。その先にも廊下が伸びているが、今は暗い。

「なんで?」

「俺やイーサンはともかく、他の五人はあんな見た目だから、使用人が怖がっちまうんだよな。だから自由に行動できるのは、さっきのエリアと裏の庭くらいだ」

「分かった。叔父って、アリスの両親は?」

 答えたのはイーサンだ。

「どっちも亡くなっている。サラフィエル家の当主はアリスちゃんだが、まだ若い。だからアリスちゃんの父親の弟が手伝ってるんだ」

 話しながら玄関から外に出て、ぐるーっと回って屋敷の裏側に来た。横から見てみてると本当に大きな家だ。


 屋敷の裏側にも先が見えない程庭が広がっているが、木や花が綺麗に植えられていて屋敷の表より華やかだった。

 花壇の中にはレンガで作られた小道のようなものがあり、くつろげるテーブルとイスにソファもあった。淡い光を放つ照明も至る所に付けられているので夜でもよく見えたし、幻想的な風景だった。

 さらに奥の方には屋根と壁がガラスで出来た建物もあり、こちらも中にたくさんの植物が置かれていた。

「これはクリントが趣味で育てている植物たちだ」

 イーサンがぐるりと庭を見渡す。クリントの姿は見えなかった。

「これ全部?」

「あぁ。クリントがここに来た時からこつこつ育てていてな。規模もかなり大きくなったし、庭園も造るようになった」

 「へぇ」と声を漏らしながらミックは軽く庭園を散策した。本当に色んな花が植えられていて、どれも見事に咲いていた。名前の知らないものがほとんどだったので、またクリントに聞いてみようと思った。


「庭も好きに使っていいけど、あんまり端の方に行きすぎないようにな。さっきの使用人とおんなじ理由で、一般の人たちにも極力姿を見せない方が良い」

 オーウェンが言った。

「だから魔物討伐の時もフードを被ってるんだ」

「そうだ」

「自由が少ないね」

「まぁそうでもしないと、俺たちは人間じゃなくて兵器に近いからな」

「兵器?」

「あぁ。俺たちが本気で反乱を起こせば都市一つ、国一つ容易に潰せる。だからきっちり管理されてるのさ。人によっては魔法で縛ってるみたいだしな」

 裏切り行為をさせないため、秘密を話せないようにするために他者の動きや発する言葉を制限する縛りの魔法というものが存在するが、ミックは見たことなかった。

 もしかして異界騎士になってしまった以上そういう魔法を掛けられるのかと思ったが、オーウェンにバシンと背中を叩かれた。

「ミック、そんな顔すんなって。少なくともアリスは魔法を使ってまで俺たちを縛らない。むしろ対等に見てくれて良い主だ。若いのに魔物から人々を守るという役目を全うしようとしている。立派なもんだ」

「アリスって何歳?」

「十九。お前と一緒だ」

 同じ歳なのに、自分は毎日田舎の村で畑仕事をしていて、アリスは異界騎士を率いて危険を省みず魔物を倒し人々を助けている。こうも違うのかと思った。確かにオーウェンの言う通り、アリスは立派だ。


「そう言えば、二人は元人間なんだよね? 何で、と、どうやって異界騎士になったの? アリスが二百年も前に異界騎士になる儀式が禁止されたって言っていたから、二人は少なくとも二百歳以上だよね……?」

 イーサンとオーウェンは顔を見合わせると、イーサンが見渡し、近くにあったテーブルとイスを示した。

「座ろうか」

 イスは丁度三人分あったので、ミックは奥に座り、二人もそれぞれイスに座った。

「そう。ミックの言う通り、俺とイーサンは二百年以上前に異界騎士になった。じじいって歳はとっくに越えちまってる」

 オーウェンはケラケラと笑った。

「経緯は、俺からいこうか?」

「そうしてくれ」

 イーサンがどうぞと手を出す。

「それこそ二百年くらい前、俺は元々貧民街育ちのギャングだった。免罪で捕まって、当時のちょーイカれた奴に半分実験で異界騎士にされた。で、色々あってアリスのじいさんに拾われて、ここに来た」

「色々って?」

「それは長いのと、出会って二日の奴に聞かせる内容じゃねぇからまた今度な。ほい次イーサン。あ、俺にも酒ちょうだい」

 オーウェンがイーサンから瓶を受け取ると、ぐびぐびと直接中身を飲んだ。

 その間にイーサンが話す。

「俺が異界騎士になったのは、三百年以上前だ」

「三百年……」

「まぁ、俺くらいまで生きる奴は稀だ。大抵はその前に死んでしまうことが多い。俺は、今はもう無くなった国の兵士だったが、当時戦争をしていた敵国に捕まって異界騎士にされた。そこから色んなところを渡り歩いて、百五十年くらい前か、にサラフィエル家に来た。俺の色々も長いのと、人に聞かせられる内容じゃないから今度な」

 二人してそうはぐらかされるとなんだか悔しい。

 それが顔に出てしまっていたのだろう。オーウェンが苦笑いを浮かべた。

「怒るなって。お前ただでさえこの一日二日で色々あって混乱してるのに、重い話を聞かせるわけにはいかないだろ? まぁ心配するな。サラフィエル家にいる以上、お前の異界騎士としての人生は安泰だ。アリスに出会えたのは運が良い」

 異界騎士の境遇なんて考えたこともなかったが、二人の様子を見るにかなり苦労することがあったのだろう。その苦労が何なのかは具体的には分からないけれど、酷い目に遭ったのだろうということは想像できる。

「どうした?」

 イーサンが煙草を咥えた。

「ちょっと、頭の整理をしたくて」

「分かった。ここにいるか? 部屋に戻るか?」

「部屋に戻るよ」

「おやすみー」

 手を振ってくれたオーウェンに手を振り返し、ミックは一人で部屋に戻った。屋敷は広いが部屋までは一本道なのですぐに覚えられた。


 再びベッドに倒れ込む。

 よく頭が混乱しないなと自分で感心する程濃い二日間だ。

 目を閉じて、この二日間のことを思い返しながら先のことも考えた。

 これから自分はここで人間に戻る方法を探す。どれだけ時間がかかるのかは分からないし、ひょっとしたら戻れないかもしれない。けれど、せめて家族が生きているうちにはもう一度会いたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る