第5話 サラフィエル家の異界騎士

 アリスがそう言うと、未だにフードを被ったままの一人が部屋を出て行こうとした。彼の名前は、間違っていなければアランだ。

「アラン待って。せめてミックに顔を見せて、名前を言ってから行って頂戴」

 アリスが声を掛けると、アランは立ち止まった。そして乱暴にフードを脱ぐとこっちを向いた。

「アランだ」

 彼はこっちを睨みつけながら面倒臭そうに言った。


 アランはミックとアリスより少し上、二十代前半と言った見た目だ。ジェームズ程ではないが背が高く、暗い金色のちょっと長い髪を頭の後ろで小さく結んでいた。

 そして驚いたのが、彼の目は金色なのだが、白目のところが真っ黒だった。開いた口の中に見えた歯は肉食の獣みたいに鋭く、そんな見た目で睨むものだから正直おっかない。

 アランはふいと背中を向けるとさっさと部屋を出て行ってしまった。扉が大きな音を立てて閉められる。

「ごめんね。彼、他の人と一緒にいるのが苦手で。彼はアラン。一年前に来た、ミックの次に新入りになるわ。よろしくね」

 ミックは頷いたが、アランのようなタイプの人と接するのは初めてだ。上手くやっていけるか少し不安だ。


「では、改めてそれぞれ自己紹介をしましょうか。じゃあ、右端から」

 アリスが示したのはイーサンだ。

「俺からだな。改めまして、俺はイーサン。元人間で、この中じゃ一番古くからここにいる。分からないことがあったらいつでも聞いてくれ」

 イーサンはそう言ってはにかんだ。彼とは村でも少し話したが、表情も柔らかく声だけでも頼りがいのありそうな人だと思った。

「よろしくお願いします」


 次はその隣に立つ真っ黄色の髪の人、オーウェンだ。

「俺はオーウェン。イーサンと同じ元人間! よろしくな」

 オーウェンは歯を見せてニッと笑った。

 彼もアランと同じくらい、二十代前半の見た目で、頭の両側を刈り上げていて、目も髪と同じ色だ。

 両耳には大量のピアスが付いていて、服の襟元から見える首と、袖から見える両手の手首には黒っぽい色のタトゥーが彫られているのが見えた。

 今の状況じゃなくて、例えば治安の悪い街中で出会ったらアランとは別の意味でおっかないだろう。でもアランと違って、オーウェンは明るく話しやすい人だと思った。


 その次は、背中に白い翼が生えた人だ。彼は二十代後半といった見た目で、薄い水色の髪を一本も逃さずきっちりオールバックにしている。

 同じ色のツリ目で、他の人たちが楽な姿勢をとっている中、彼だけはきっちり背筋を伸ばして立っていた。

「私はドルリーです。以後よろしくお願いします」

 声や立ち姿からは真面目な印象を受けた。小さい頃通っていた学校にいた、堅物の先生を思い出した。彼が縁が細い眼鏡を掛けて黒板の前に立っている姿が簡単に想像できた。


 次は、濃い緑色の長い髪を一つにまとめて三つ編みにしている人だ。

 髪と同じ色の目で、両目の端には花のような赤いタトゥーがあった。

「僕はクリント。普段は庭や温室で植物を育てているから、いつでもおいで」

 彼は優しそうな人だった。ずっとニコニコしていて、声も聞いていたら眠れそうなほどゆったりとしていた。そして彼からはほんのりと花の匂いがした。まるで彼自身が、草原で風に揺られている木や花のようだった。


「ボクはジェームズ。よろしく」

 クリントの隣に立っているジェームズは、異界騎士たちの中で一番背が高くて目の前に立たれると見上げる程だった。

 黒色のうねった長い髪で、その隙間から紫色の細い目が見えた。手と足が細長くて、猫背で、声も小さく、どことなく暗い空気が彼の周りには漂っていた。

 でも性格が暗めなだけで、悪い人ではないと思う。

 ジェームズは急にぬっとミックに近づくと、

「アリスを泣かしたら許さないから」

 と囁くように言ったが、その声にはただならぬ圧があった。

 ミックはカクカクと頷いた。

「こらジェームズ」

 ジェームズはイーサンに外套の背中を捕まれ、引きずられるようにして元の場所に戻った。


 最後は唯一の女性の異界騎士だ。

「私はマギーと申します。よろしくお願いしますね」

 彼女は真っ白な長い髪をポニーテールにしていて、薄い水色の丸くて大きな目をしていた。額には青い布を巻いて後ろでリボンのように結んでいる。

 彼女は口を閉じているとクールな印象を受けるのだが、自己紹介をした声は明るくハキハキとしていた。また彼女も姿勢よく立っていて、ドルリーと同じようにきっちりしている人だろうなと思った。


 こうして簡単ではあるが異界騎士たちの紹介が終わり、

「改めて私も自己紹介させてもらうわね。私はアリス・サラフィエル。聖女としてこの国を魔物から守る役目を仰せつかっているわ。急にこんなことになってしまって不安だと思うけれど、できることはさせてもらうわ。よろしくね」

 アリスも自己紹介をしたので、最後は自分だと思った。

「ミック・スミスター、十九歳です。今日からお世話になります」

「ミックは異界騎士として魔物と戦うんじゃなくて、元の体に戻るためにうちで預かることになったの。特殊な例だけれど、みんなよろしくね」

 アリスの言葉に他の人たちは頷くか返事をした。

「さて、今日はもう休みましょうか。ミック、部屋に案内するわね」

 こうしてアリスに一階にあるいくつかの部屋の内の一室を案内された。


 中はアリスの自室と同じくらい広かったが、ベッドとテーブルとイス、ベッドのすぐ横に置かれた間接照明以外には何も無かった。

「今は何も無い部屋だけど、好きな物を足していっていいから、欲しい物があったら遠慮なく言ってね。他に何か困ったことがあったら、今晩は隣の部屋にイーサンがいるから彼に言って」

「分かった」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ……」

 アリスが扉を閉めた後、ミックはベッドに近づいてうつ伏せに倒れ込んだ。

 村で長年使っていたベッドはガタガタでシーツや枕もくったくただが、このベッドは相当良いものなのだろう。一度跳ねた体が、包み込まれるように深く沈んでいく。でもやっぱり眠れなかった。

 眠ろうと思えば思うほどますます眼が冴える。今日で丸二日寝ていないことになるが、眠気や疲れは微塵も無い。あぁやっぱり人間じゃなくなっちゃったんだと実感する。

 しんと静まり返った部屋。ベッドの横にある間接照明は点けているので真っ暗ではないけれど、この世界にたった独りになってしまったような気がして、心がぎゅっと締め付けられた。

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