第4話 出立

 ミックとアリスは村に戻った。

 既に村人が簡単ではあるが死者の弔いを終えて、異界騎士たちと共に瓦礫の片付けを始めていたのでミックもそこに加わった。

 瓦礫の下や付近の森の中を捜索したが、行方不明になった村人たちの遺体は出てこなかったそうだ。おそらく魔物が食べてしまったのだろうとアリスは言った。

 村人たちが作業をしている間、アリスは離れたところでミックの母と話をしていた。

 ミックが異界騎士になってしまったことについて、家族に正直に話してしまうとそこから広まって混乱を招いてしまうかもしれない。なのでアリスと打ち合わせをして、ミックは髪や目の色が変わったことによって体に異変が起きていないか医者に診てもらうために王都に行く、ということにした。王都に行った後は、入院することになったからしばらく帰れないと追加で手紙を出すつもりだ。

 家族に嘘をつくのは心が痛むが、それでいいと思った。今の傷ついた母にこれ以上負担を増やしたくない。


「ミック」

 アリスと話し終えたのだろう。母がやって来た。

「聖女様から聞いたよ。体は大丈夫?」

「うん。俺は全然平気なんだけど、アリスが念のために診てもらった方がいいだろうって。母さんこそ大丈夫?」

 母は頷いた。

「父さんとミックがいなくなってどうしようかと思っていたけど、聖女様がうちだけじゃなくてこの村ごと復旧の支援をしてくださるみたいでね。なんとか頑張れそうだよ」

 そこまで聞いていない。思わずアリスを見ると、彼女は笑顔で頷いた。

 復旧の支援、つまりお金や食料や家を建て直すための資材など必要な物を届けてくれるということなのだろうが、小さな村とは言えどれも莫大なものになるというのはミックでも分かる。

 それをこの歳の少女が用意できるとは、アリスは一体何者なのだろう。綺麗な見た目をしているから、多分すごいお金持ちなのだとは思うけれど。


 それからも作業を進めていき、片付けと並行して廃材を使った小屋がいくつか建てられたので、陽が沈むと村人たちはそこで夜を明かした。

 アリスの異界騎士たちが夜通し見張りをしてくれることになったので、村人たちは安心して眠ることができたが、ミックは全く眠れなかった。

 焚火の前に膝を抱えて座り、ゆらゆらと揺れる火を見つめる。隣ではエミリアとクリフが毛布にくるまって寝ていた。

 寝れないのは色んなことがあって気が高ぶっているからだと思っていたが、昼から夜になるまでぶっ通しで重い物を運んだり、小屋を建てたりと作業をしていたのに体は全く疲れていない。それに、ご飯は食べたけれど正直あまりお腹も空いていなかった。喉も乾かない。

 どうしてだろうと考えたが、ふとアリスの言葉を思い出した。

 ――他にも試してみれば、貴方が人間でなくなったことは分かるでしょう。

 まさか、と思ったその時、

「よぉ、寝れないか」

 男性の声に顔を上げると、アリスの異界騎士の内の一人が立っていた。フードを脱いでいてその顔がはっきり見える。

 彼の見た目は三十代後半くらいだった。鮮やかな青色のくせ毛に同じ色のタレ目で、向かって右目の下には黒子があった。

「えっ、と」

 名前を思い出そうとしていると、相手は気付いたのだろう。

「イーサンだ」

 そう言って焚火を挟んだ向かいに腰を下ろした。


「アリスから聞いている。うちに来るんだって?」

「うん」

 イーサンは外套の中に手を入れると、小さなケースを出し、そこから煙草を一本出して焚火で先っぽに火を点けると咥えた。吸い込んで、右手の人差し指と中指で煙草を挟み、口から離してふーっと煙を吐く。何てことないその一連の動作が妙に格好よく見えた。

「ねぇ、イーサン。この眠れなかったり、疲れなかったり、お腹が空かなかったりするのって、体が異界騎士になったから?」

「そうだ」

 イーサンはあっさりと言ってまた煙草を吸った。

「俺たちは不眠不休で活動できるし、魔力さえあれば食事もいらない。手足が千切れても時間が経てば元に戻るし、普通なら死ぬような怪我じゃ死なない。そういう体だ。また改めて自己紹介するだろうが、俺も『元人間』だ。君の気持はよく分かる」

「そうなの」

「あぁ。ま、眠れないだろうが今夜は横になったらいい。俺は、見回りの続きに行ってくる」

 イーサンは煙草を咥えたまま立ち上がると村の北に向かって歩き、煙草の薄煙と共に闇夜の中に消えて行った。

 ミックは言われた通り休もうとその場で横になってみたけれど結局眠れず、ぼんやりと見つめていた夜空は段々明るみ始めていった。


 想像していたよりずっと早く、昼過ぎには町から物資を積んだ馬車が何台もやってきた。

 姿を見られないよう、馬車が来る前にどこかに隠れていてとアリスに言われたので、ミックは素直に近くの森に入って木の影から見ていた。

 応援の一団のおそらくリーダーだと思われる四十代くらいの男性が、アリスに丁寧に接しているのが声が聞こえなくても分かった。本当にアリスは何者なのだろう。

 二人のやりとりと見ていると、

「ミック」

 横を見ると、母とエミリアとクリフがいた。

「聖女様がもうすぐ帰るから、ミックに挨拶をって」

 母はこの一晩ですごくやつれてしまった。今も疲れた顔をしていて、声にも元気がない。

「母さん、そんな顔をしないで。永遠の別れじゃないんだし、手紙も定期的に送るからさ」

 ミックは母を見て、エミリアとクリフを見た。弟妹も別れを惜しんで、クリフは寂しそうな顔をしていたがエミリアは自分たちがしっかりしないとという思いの籠った真っ直ぐな目をしていた。

「エミリア、クリフ、俺が帰るまで母さんを頼んだ」

 エミリアがしっかり頷いた。続いてクリフも。

「お兄ちゃんも気を付けてね。手紙もちゃんと送ってよ」

「分かってるよ」

「ミック、準備はいいか?」

 そこへイーサンがやって来た。彼が手渡してくれたそれは、彼らが着ているものとは違うがフードの付いた上着だった。

「俺たちはアリスと普通に村を出るから、ミックは森の中を通って村から離れたところで合流してくれ」

「分かった」

 イーサンがアリスの元へ戻っていく。

 そしてアリスたちは感謝の言葉を叫ぶ村人にたち見送られ、村を出て行った。

「俺も行くよ。母さん、エミリア、クリフ、元気でな」

 ミックも家族に手を振り、上着を着てフードを被ると歩き出した。


 村から離れたところで言われた通りアリスたちと合流した。

「行きましょう」

 そのまま歩いて隣村を越え、次に辿り着いた町で待っていた二台の馬車に分かれて乗った。馬車は赤茶色の外観で、ごてごてした装飾が付いているわけではないけれど、それでも平民が使う物よりはずっと良いやつだった。乗るところは箱型で、中の赤色の座席も手触りが良くふかふかだった。

 全員が乗り込むと馬車は王都を目指して出発した。

 ガラガラと車輪の回る音がする。ミックは窓の外を眺めた。馬車は町を出て草原の中を走っている。

 同じ馬車にはアリス、イーサン、ジェームズ、マギーがいる。ミックの向かいに座るアリスは同じように窓の外を眺めていて、その隣に座るジェームズは大きな体を曲げて膝を抱えて座っている。ミックの隣にはイーサン、マギーの順に並んでいた。

「今回は予定外の討伐任務もあったけれど、みんな疲れてない?」

「はい」「俺たちは平気だ」と、マギーとイーサンが答える。

「アリスは疲れてない?」

 と言ったのはジェームズ。

「私も平気よ。ミックは?」

「え?」

「ごめんなさいね。お父様が亡くなられて、ご家族のこともあるのに、急に連れ出してしまって」

「ううん。俺は、大丈夫。確かに家族のことは心配だけど、アリスが助けてくれるんだろ? むしろそれにお礼を言いたいくらいだ」

「礼だなんてとんでもない。当然のことよ」

 当然だとしても村ごとの支援はそうそうできるものではないし、彼女からは返しきれないほどの恩を受けた。

 これはいつか返さなければならない。そう思った。

 それからアリスは他の三人と会話をしていたが、ミックはそれを遠くに聞きながらぼんやりと窓の外を流れていく景色を眺め続けた。

 まさかこんなことになるなんて昨日魔物に襲われるまで、いやアリスに王都へ行くことを提案されるまで思いもしなかった。この先どんなことが待っていて、何が起きるのか想像がつかない。

 でも例え想像を絶するようなことが起きたとしても、前へ前へと進んでいくしかないのだろう。


 陽が落ち、辺りが暗くなって空に星の姿が見え始めた頃、王都が見えてきた。空にある星を全部集めて落としたみたいに王都は輝いていた。

 しかし馬車は途中で曲がり、王都を逸れていく。

 そうして着いたのは、王都から程近いところにある敷地だった。周りを鉄柵で囲まれていて、立派な門の奥に大きな建物があった。

 馬車が止まるとゆっくりと門が開いて、馬車は再び進み出す。

 馬車が走る道の両側には街灯があって行く先を照らしていた。周りは広い草原で、端の方に木が並べて植えてあるのが見えた。

 そしてアリスの家であろう屋敷の前に馬車は止まり、ミックたちは下りた。近くで見ると屋敷は見たこともないくらい大きくて、全貌がどうなっているか全く分からなかった。屋敷自体は屋根も壁も白く、明かりの付いた窓がいっぱい並んでいる。


 階段を上って玄関の扉を開けて中に入ると、六十代くらいのおばあさんが一人いた。でもミックの村にいる他のおばあさんたちと違って、多少皺があるけれど肌はシミ一つ無く綺麗で、白髪が混じる髪もきっちり整えられていてすごく上品だった。

「アリス様、おかえりなさいませ。今回は大変でしたね」

「ただいま。そうね。今回は色々あったわ。叔父様はいらっしゃる?」

「えぇ、自室にいらっしゃいます」

「分かった。後で行くとお伝えして」

「かしこまりました」

 おばあさんは丁寧に頭を下げた。

 アリスたちは建物の奥へ進んだ。ミックはおばあさんとすれ違ったが、一人増えていることに気付いているのかいないのか、おばあさんは何も言わずにアリスたちが通り過ぎるとどこかへ歩いていった。


 建物の奥へ伸びる広い廊下に足を踏み入れると、これまた見たことのない内装にミックは思わずあちこち見てしまった。

 廊下には赤っぽい色の絨毯が敷かれていて、右手側は指紋一つない、よく磨かれた大きな窓が並び、左手側には剣を掲げた人物の彫刻や、花を持った女性が描かれた絵画なんかが綺麗に飾られていた。

 彫刻や絵画の価値はミックには分からないが、高い物であろうことはなんとなく分かる。

 廊下を抜けると彫刻や絵画が無くなり、その代わりに扉がずらりと並ぶようになった。つやつやした茶色の扉すら高級なものに見えた。いや、実際高級な素材で作られているのだろうけれど。

 アリスは歩きながらミックの方を振り向いた。

「ここが、私とみんなが暮らしているところ。後でミック専用の部屋にも案内するね」

「へ?」

 当たり前と言わんばかりに言うアリスに間抜けな声が出た。

「どうした? 驚き過ぎて声も出ないか」

 そう言ったのはイーサンだ。とっくにフードは取っていて、ぽかんとするミックを見てニヤニヤしている。

「分かるぜ。オレも最初に来た時は金持ち過ぎてびっくりしたもんな」

 オーウェンもケラケラと笑った。

「ねぇ、もしかしてアリスって貴族様なの?」

 ミックは小声でイーサンに聞いた。

「いや、サラフィエル家は貴族じゃないが、五百年以上前からある由緒ある家だ。歴代の当主たちは全員聖人・聖女で、サラフィエル家の活躍ぶりは有名だし、それこそ貴族すら一目置いている」

「へー」

 そして二階へ上がり、アリスが入った部屋にミックたちも入った。

 そこは広く、中央に長細いテーブルが四角く並べられ、その前に背もたれの高いイスが置かれていた。前方は赤いカーテンが引かれた窓で、左右の壁には棚があり、その中には小さな彫刻や本が置かれている。

 アリスは部屋の中まで歩くと、止まってくるりと振り返った。

「せっかくだし、このまま自己紹介しましょうか」

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聖女と異界騎士 相堀しゅう @aihori_s

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