第2話 魔物が出る世界2
少し時を戻して、ミックと彼の父が洞窟を出たのと同じ頃。隣村。
ここでも数人の村人たちが村の外れにある畑で農作業をしていた。一生懸命に鍬を振るい、雑草を取り除いていると、
「何だあれは」
村人の一人が遠くを指差した。
他の村人たちも見ると、そこの空間が農作物を巻き込んで不自然に大きく歪んでいた。そして空間が渦を巻いて周囲に激しい風が吹くと、そこに見上げる程の大きさの、金属で作られたような黒く重々しい扉が現れた。黒い輪っかが付いた両開きの扉がこちら側に向かってゆっくり引きずられるようにして開く。
扉の中は何も無い暗黒だったが、すぐにそこからこの世のものとは思えない姿をした無数の魔物が出てきた。
村人たちは農具を投げ捨て、悲鳴を上げて我先に逃げ出した。
その声に反応したかのように魔物が走り出し、容赦なく村人たちに迫る。
村人の一人、五十代くらいの男がつまずいて転んだ。魔物が近づいて来る。起き上がっても逃げきれない。もう駄目だと頭を抱えて蹲った。
魔物が男を喰らおうと、喉の奥まで歯に覆い尽くされた口をガパリと開けたその時、何かが横から魔物を蹴り飛ばした。魔物がドシンと横転する。
「大丈夫ですか」
若い男の声に村人が顔を上げると、そこにはフードの付いた黒色の外套を着た人がいた。フードを目深に被っているので顔は見えない。いや、目の前にいる人を人と呼んでいいのだろうか。
男の背中には絵画に描かれた天使を思わせる真っ白の大きな翼が生えていた。明らかに人ではないのだが、その姿を見て男は思い出した。
「もしかして、異界騎士様!」
「お怪我はありませんか?」
次に聞こえた声に振り向くと、腰まで伸びた長い金髪に晴れた日の青空を思わせる色の目をした少女がいた。少女も黒い服を着ていて、より際立ったその白くて可愛らしい顔は状況も相まって救いの女神に見えた。
「せ、聖女様!」
少女は這いつくばるようにして向いた村人を安心させるように優しい笑みを浮かべた。
「安全な場所まで彼がお連れします。後は私たちに任せてください。ドルリー、頼みましたよ」
「かしこまりました。動かないでくださいね」
ドルリーと呼ばれた翼の生えた男は、村人を抱えると翼を広げて村の方へ飛んでいった。
急に空を飛んだ村人は驚きながらも下を見ると、同じような外套を着た者たちが魔物と戦っていた。
◇
「村人の避難は終わったよ!」
少女、アリス・サラフィエルは声を上げた。
魔物と戦っていた者たちが、合わせて六人、それぞれ魔物を倒し彼女の周りに集まった。
「よっしゃ、んじゃいつものと同じでいいか?」
アリスの前に立った男――名はオーウェンだ――がフードを脱ぐ。彼の髪と目は鮮やかな黄色だった。
「うん。お願い」
アリスがそう言った瞬間、一人が無言で飛び出していった。剣を片手に魔物を次々と斬り捨てていく。
「おいアラン! ったくしゃあねぇなあいつは」
「俺たちも行こう」
別の男の言葉に残った五人の内、四人が一斉に走り出す。
この世界には魔物と戦う「異界騎士」と呼ばれる人ならざる者たちがおり、その異界騎士を引き連れる人を「聖人」、もしくは「聖女」と呼ぶ。
アリスも聖女で、周りにいるのは彼女が連れている異界騎士だ。
異界騎士の魔法は強力だ。今も雷や氷の魔法が魔物たちを襲い、次々と倒されていく。
そうして開かれた道を他の者たちが進み、魔物が出てきた扉、もとい門を目指す。
あの門がある限り魔物はいつまでも出続ける。なのであの門を破壊、もしくは門の両側にいる二体の門番と呼ぶ魔物を倒すのが魔物討伐の定石だ。
魔法の力でこちらが負けることはないのだが、門から出て来る魔物の数がやけに多い。こちらが倒す数より門から出て来る数の方が段々勝ってきている。
「今回は門の大きさの割に数が多いですね」
アリスの隣にいる異界騎士、クリントがおっとりとした口調で言った。
彼がここに残っているのは、彼の魔法が攻撃型ではないからだ。
「みたいだね。私もやるよ」
そう言ってアリスは両手で弓矢を構えるポーズを取った。すると彼女の右手に白く輝く光の矢が現れる。
アリスは狙いを定めた。
「光よ、『討て!』」
右手を放すと、光の矢が凄まじい速度で飛び、魔物たちを次々撃ち抜いていく。最後に大きく爆発すると、魔物たちは吹き飛んで黒い塵が辺りに花吹雪のように舞い上がった。
「お見事です」
「ありがとう」
その隙に二人の異界騎士たちが門番に近づき、一人は水でできた剣を、もう一人は金属の剣を振るって同時に倒した。
門番たちがいなくなると渦が巻いて門が消えた。
残ったのは大きな魔物が三体。
アリスの異界騎士たちはそれらも分かれてあっさり倒すと彼女の元に戻って来た。
「残りはいませんね」
周りを見渡してクリントが言った。
「そうだね。みんなお疲れ様」
そこへ翼の生えた異界騎士、ドルリーも戻って来た。
「終わりましたか」
「うん。村人たちはどう?」
「畑にいた人たちは全員無事です。怪我人もいませんでした」
「良かった。ありがとう」
これで今回の魔物討伐は終わり。後は村人たちに報告して戻るだけだったのだが、
「助けてくれ!」
声がした方を見ると、森の中から真っ赤な髪をした、アリスと歳の変わらない青年が焦ったように走って来た。
それぞれが不思議そうに顔を見合わせた。
「なんだ? あいつ」
オーウェンが呟く。
アリスは眉をひそめた。
異界騎士の特徴の一つとして、人間にはない色の髪と目がある。あんなに鮮やかな赤い髪色を持つのはそれこそ異界騎士くらいしかいないのだが、青年が着ている長い間使い込まれてくたびれたシャツに茶色のベストとズボン、靴は平民のそれだ。
アリスは一歩前に出た。青年がアリスの前で止まる。彼の目もルビーのように赤い。
「どうされました」
「お、俺の村が魔物に襲われたんだ! 助けてくれ!」
青年は両手でアリスの服を掴み、引き千切らんばかりに握り締めた。彼が話す度に八重歯が覗く。
「おい、アリスに触るな」
一番背の高い異界騎士が青年に近づこうとしたが、アリスは手で制した。
青年の両手にそっと触れる。その手は熱があるのかと思うほど熱かった。
「あなた、名前は?」
「ミック・スミスター」
「分かりました。ミック、村まで案内してくれますか?」
ミックは何度も頷いた。
「こっちだ」
「ドルリーは空からついてきて。イーサン、悪いけど先に村人への報告をお願いしてもいい?」
「かしこまりました」「分かった」と、ドルリーが空に飛び、イーサンと呼ばれた異界騎士は村の方へ走っていった。
残ったアリスたちは先に走り出した青年を追った。
森の中を走りながらオーウェンがアリスの隣で囁いた。
「あいつ、どう見ても異界騎士だよな」
「うん。でも彼を連れている聖人か聖女がいなさそう」
それに服装や先程助けを求めたあの様子を見るに、青年はまるで自分が人間だと思っているみたいだった。
オーウェンは難しい本を読んでいる時みたいに顔を歪めた。
「一体何が起こってるんだ」
「分からないけど、本当に村が襲われているならまずはそっちを助けるのが先ね」
「あぁ」とオーウェンは頷いた。
それからしばらく森の中を走ったが、村は一向に見えてこなかった。
青年と異界騎士たちは平然と走り続けているが、その体力にアリスが付いていけなくなって遅れ始めた頃、一番背の高い異界騎士が走りながら近づいてきてひょいとアリスを抱きかかえた。
「アリス、疲れたでしょ」
ぬいぐるみを抱きしめるかのようにぎゅっと抱える腕に力を入れる。
「ありがとうジェームズ、助かる」
ジェームズはフードの下で嬉しそうに笑った。
それからもうしばらく森の中を走ると急に森が開け、魔物に蹂躙された村が見えた。
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