それはもしもの物語

case1 胸を張る元カノ

『樹とは付き合ってあげてるだけだよ!』


 口は災いの元。その一言が始まって恋人との関係を終わらせた少女が、もし間違えなかったら?

 もし堂々と恋人との付き合いを認めたら?


 これはそんなもしものお話。


『そうだよ!樹が好きすぎてウチから告白したんだ!』



─​───────​───────​───────



 麻緒から告白された俺……御堂おんどう たつきは、彼女のソレを受け入れて恋人となっていた。

 それはいいのだが、いつしか彼女の周囲の女子たちが俺たちの関係を祝福してくれていた。


 人目も憚らずに抱き合ったり手を繋いだり、キスだってした。

 家も近く、時々お互いの家に遊びに行ったりもした。


 しかし、楽しい日々は唐突に終わりを告げる。


 麻緒の親の事情によって転校してしまったのだ。



 胸に去来する喪失感に苛まれながら、それでも大好きな麻緒を胸に日々を過ごしてきた。

 そして一年二年と時が経ち、高校二年生になったある日、新たな恋をしたがそれを打ち砕かれた俺の元に、麻緒が帰ってきたのだ。



馬門まかど 麻緒まおです。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた彼女は、先生に指示された席に向かう。

 その途中、彼女は俺に気付いて目を見開かせた。


「……樹?」


 麻緒はそう呟いたが、今はHRだ。再会を喜びたいものの、今は我慢するべきだと笑顔で手を振って応えた。


「っ……!」


 笑顔で頷いた麻緒は手を振り席に向かう。その様子に周囲はザワザワとしているが、そのまま授業が始まった。


 つつがなく一限目が終わり、休み時間。俺はすぐに麻緒の元へ向かおうと思い立ち上がると、彼女の元にはワラワラとクラスメイトが集まっていた。

 ボーイッシュな見た目だが、溢れ出る可愛さは相変わらずで周囲の男たちを魅了している。


 近付く俺に気が付いた彼女は、ガタッと音を立てて立ち上がる。


「ごめんね」


 集まっている連中に手を上げてこちらにやって来る。その表情は笑顔そのものだった。


「樹!」


 麻緒は俺の胸に飛びつくように、抱き着いてくる。もちろん俺もその背中に手を回す。

 ギュッと抱きしめると、彼女は んー♪と声を出した。


「会えてよかったよ樹!」


「本当だね。もう三年になるかな」


 思い返せばよく耐えられたものだと思う。大好きな人とずっと離れていたわけだから。

 溢れ出る喜びが胸を満たし、それはずっとこうしていたいと思うほど。


「たっ樹くん?えっとあの、馬門さんとはどういう関係なのかな……?」


「あぁ、その……元カノと言うか、なんと言うか」


 俺たちの様子を見て問いかけてきたのは七瀬ななせ 紗奈さんだ。

 失恋した俺に寄り添って、好きだと言ってくれた人。


 つまり、説明するのにかなりの精神力を使う。


 俺の二度目の失恋の相手である観月さんと、その彼氏であるクソ先輩のゴタゴタがあった時に庇ってくれた人である。

 麻緒もそうだが、二人にはただならぬ感情が俺にはあったのだ。


「樹ってば元カノだなんて言わないでよ。ウチはずっと樹のことが大好きなんだから♪」


 俺の胸中など知る由もない麻緒は、ニッコニコの表情でそう言った。

 紗奈さんは当然だが愕然としている。

 とても申し訳ない気持ちになるが、とはいえ麻緒が好きなのは否定できない。


「そっ、そっかぁ……」


 彼女はそう言ってトボトボと席に戻る。その背中はとても小さく哀愁が漂っていた。

 その姿はとても痛々しく、とても胸が締め付けられた。


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