七十七話 歓迎
今日、紗奈がいつも話してくれている樹くんという男の子が家に来た。
文化祭の日に会う約束をしていたのだけれど、その日はなぜか彼が姿を消しており会うことが叶わなかった。
どれだけ素敵な男の子なのか、話に聞いていた私はずっと気になっており、会えることを楽しみにしていた。
聞けば彼はどうやらクラスメイトに呼び出されたらしく、それから誰も見ていないままであったそうな。
私と顔を合わせるという時に限ってそんな事になるだなんて何かがおかしいと思い、もしかしたら彼にはなにか、後ろめたいことがあるのだと思った。会えなかったことによる落胆が、そんな疑念をより強くさせた。
だから紗奈には樹くんと別れるように言ったし、それからもずっと彼を庇うようなことを言っていた紗奈にはキツく言った。
もし彼が悪い目的や体だけが目的であったなら、きっと傷付くのは紗奈だから。私は心を鬼にして言った。
確かに樹くんが姿を表さなかった理由は聞いているし、もしそれが事実なら彼を責めるのはおかしいかもしれない。
ただ、それがもし紗奈を騙しているだけだったなら?という考えが拭えない私は、あの子に恨まれる覚悟で別れるように言い続けたし、それでも頑なにそれを聞かないのなら私が相手を見つけるとも言った。
決して少なくない時間を共にしていた元夫でさえ、あっさりと家族を見捨てて女を取った。そんなことをされる気持ちを紗奈にはして欲しくなかった。
決めつけであることは百も承知で、私は樹くんを元夫と同類前提で考えていた。
しかし実際は違うものであり、彼は自分から私に会いたいと、そう言っていると紗奈から聞いた。
加えて彼が被害者と見られる事件も耳に入ったことで、彼に対する負の感情はほとんど無くなった。自分の認識は間違っていたのだと、そう信じたくなったのだ。
もし本当に後ろめたいことがあるのなら、会いに来ることは心理的にできないだろう。
樹くんが来る今日はずっとワクワクしていて、紗奈が彼を迎えに行っている間、私は傍から見て挙動不審だと思われていても仕方なかっただろう。
その前日……つまり昨日は同僚からも、なにやら落ち着きがなくて変だと言われてしまった。
それも仕方ないだろう、なにせ楽しみだったのだから。
そして樹くんを初めて見た時、随分と緊張している様子だった彼がとても可愛らしかった。
気を遣ってお菓子まで持ってきてくれたようで、礼儀だってちゃんとしていて私は喜んでばかりだ。
あれだけ疑っていた私はあっさり掌を返して彼を歓迎した。
頭を殴られたとは聞いていたけど、特に後遺症も無かったようで変な様子もなかったことに、私は安心ながら彼と話をした。
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咲恵さんとようやく顔を合わせた今、せっかくなので俺があの日に会えなかった理由を話した。
ナンパされて困っている知り合いの女の子を庇ったことで、そのナンパしていた男が俺を殴って監禁したという話。
「それは災難だったわね、怪我はもう大丈夫なの?頭だと後遺症とかもあるし……」
「大丈夫ですよ、今のところは……ですけど」
頭部に対する強い衝撃は大分経ったあとに問題が起きることもあるそうだが、果たして俺もそうかは分からない。
ただあれからある程度の時間は経ったし、普段通りに生活する分には問題ないと思う。
「そっか。余計なお世話かもしれないけど、無理しちゃダメよ?もし樹くんに何かあったら紗奈だけじゃなくて私も悲しいから」
「ありがとうございます」
俺の手を握りながら言った咲恵さんは、本当に紗奈さんに別れるように言っていたのかと色々疑問になるが、話を聞いてみればおかしい話ではないと思う。
ちゃんと話をしなければ誤解し合ったままなのがよく分かったよ。
「もし良かったらお昼もだけど、今日はウチで夜ご飯も食べてきなよ!ね?お母さん」
「そうね、樹くんは大丈夫かしら?お家の人とか」
「そうですね、連絡してみます」
そう思い母さんにその旨を連絡してみる。席を立って電話をかけるとすぐに出てきた。
返事はもちろん 良いよーとのこと だった。気をつけて帰ってくるようにとのお達しだ。
「大丈夫みたいです」
「良かった、じゃあゆっくりしていって♪」
俺の返事に咲恵さんは ニコッと微笑んで返した。紗奈さんも嬉しそうに抱き着いてくる。
時刻は十一時だ、これから昼食の用意ということで咲恵さんが席を立つ。
「それじゃ、今からお昼の用意をするわね。まだ少しかかるから、二人は部屋でゆっくりしてなさい。あっ、でもエッチするのはダメよ?」
「おかーさんのバカ!」
さすがにびっくりだ。紗奈さんは怒っているが俺は絶句である。
そういうのは気まずいから触れないもんじゃないの?
「でも、もう二人ともお年頃でしょ?した事ないとは言わせないわよ。TPOと避妊さえちゃんとしてれば何一つ文句は言わないわ」
「だからってさぁ……もうっ!ほら行こ、樹くん!」
紗奈さんの様子を意に介した様子もなく、咲恵さんはニコッと手を振りながら昼食の用意をしていた。
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