七十六話 対話

 紗奈さんのお母さんに、文化祭の時に俺が会えなかったその理由と、紗奈さんと俺は別れたくないということ、それを話にやってきた。

 理解されるか分からない。それどころか徹底的に否定されるかもしれない。


 そんな不安を抱えながらも、紗奈さんに励まされて今は彼女の家に入って靴を脱ぐところ、なのだが……


「いらっしゃい、紗奈から聞いてるわ。あなたが樹くんね、歓迎するわ♪」


 とても柔和な笑みで迎え入れてくれたその人は、ニコッと笑った。もしかしたら紗奈さんのお姉さんか?でも一人っ子だって話だったような……

 一瞬だけ逡巡するが、すぐに頭を下げる。


「おっおじゃまします!」


「そんなに緊張しないでね。さぁ上がって」


 もしかしてとは思うが、そう言われたので靴を脱いで上がる。手に持っているお土産のお菓子をその人に差し出した。


「あの、粗品ですけど……駅前の店のお菓子です」


 緊張でどうしてもたどたどしくなってしまい、変な言い方になりながら差し出すと、彼女は嬉しそうに受け取った。


「ありがとう!そこまで気を遣わなくてもいいのに、ちゃんとしてる子なのね」


 俺が渡したのは駅前にあるお菓子のお店だ。色んな物が売っており、俺が選んだのは箱に数種類の物が入ったいわゆるアソートというものだ。

 俺もあんまり詳しくないが、こういうオシャレな感じな方が印象良いかなって。


 お菓子を渡し、紗奈さんと彼女のお母さんに案内されリビングに向かう。

 到着する前にある程度準備してあったようで、テーブルの上には飲み物の注がれたコップが置いてあった。

 そのうちの一つの椅子をを紗奈さんが引いて、座るように促してくる。


「じゃあ早速、樹くんの持ってきてくれたお菓子開けちゃうわね。一緒にいただきましょ」


「はい、ありがとうございます」


 やっぱりおかしい。この人は紗奈さんのお母さんのはず。でも明らかに態度は柔らかいし、歓迎してくれているムードだ。

 紗奈さんもニコニコしているし、もしかしたら良い感じになりそうか?


 お菓子をテーブルに置いて、紗奈さんが俺の隣に、お母さんの方がその向かいに座った。


「では改めて……私は紗奈の母です。咲恵さえと言います。咲恵でもお義母さんでも、好きなように呼んでね♪」


「俺は御堂おんどう たつきと言います。樹って呼んでください。よろしくお願いします、咲恵さん」


 咲恵さんと自己紹介をして、お互いに頭を下げる。気付けば先程まで感じていた不安は無くなくなっており、肩の力が抜けていた。


「ふふっ、樹くんってば硬いなぁ♪リラックスリラックスぅ♪」


「ごめんなさいね、紗奈から色々聞いたんでしょう?」


「そう、ですね……なんていうか、別れて欲しいとか」


 俺がそう言うと咲恵さんは自嘲気味に笑う。

 その雰囲気は優しげだが、一体どんなきっかけがあってそうなったんだ?


「そうね……文化祭の日、樹くんに会えるって聞いて私はとても楽しみだったの。紗奈が嬉しそうに話してくれる男の子と会えるって。でも、あの日は仕事の合間に学校に行ったから。そして、紗奈から聞いたけど、体育倉庫に閉じ込められていたんでしょう?私そのことを実は嘘だと決めつけちゃって、樹くんになにかやましい事があるんだって、そう思って別れろなんて言っちゃったのよ……ごめんなさいね」


「そんな、俺こそ油断してなければ ああはならなかったので、こちらこそすみません」


「だっだめよ!あなたが謝っちゃいけないわ!そのあたりの事情も聞いたの、困ってる女の子を助けて、その逆恨みでそうなったって。あなたは悪くないわ、暴力に訴える方が悪いの」


 あの日呼び出された時、俺は実を言うとあまり警戒していなかったんだ。誰かがいるとしても目の前にいるだろうって考えで、後ろから殴られるということを一切考えていなかった。

 その見通しの甘さがあの結果なら、その原因の一端は俺にもあると思って、頭を下げた。


 しかし咲恵さんは俺の手を握って首を振った。

 そう言ってくれるとこちらとしても気が楽になる。


「ありがとうございます。でも咲恵さんもあまり気にしないで欲しいです。自分の家族を大切に思ったからの言葉なら、とても大事な事だと思うので」


「樹くん……ありがとう」


 そりゃ自分の娘が変な男にたぶらかされていると思ったら、誰だって怒るだろう。

 ましてや親……つまり大人との顔を合わせられないということは、何かしらの企みがあるかもしれない。

 だから警戒した、と考えれば自衛むすめの為にも仕方のないことだろう。


 今日こうして、ちゃんと話ができたことがとても大事なことだ。


「樹くんが会って話をしたいって紗奈から聞いた時、凄く嬉しかったのよ。ずっとワクワクしててね……来てくれて嬉しいわ♪」


「こちらこそ、喜んでくれて嬉しいです」


 こうして話し合ってみれば、意外となんて事はなかった。嬉しそうにそう言ってくれた咲恵さんを見て、ちゃんと話をして良かったと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る