七十八話 お昼ご飯

 咲恵さえさんが昼食の用意をしている間、紗奈さんの部屋にやってきた。

 紗奈さんに促されるままに彼女のベッドに座り、その隣に彼女も座る。


「ごめんね、お母さんが変なこと言っちゃって」


「あはは、面白くていいじゃない。それに、紗奈さんが謝ることじゃないよ」


 何が悪いという訳でもない。それどころか楽しいくらいなので、なにも気にする事はないんだけど、自分の家族があんなこと言ったらやっぱり気にするか。


「しかし、意外だったね」


「お母さんでしょ?私もびっくりしたけど、やっぱり樹くんから会おうとした事が大きいんじゃないかな?話した時お母さん嬉しそうだったし」


 それはやはり咲恵さんと態度による話だ。

 お前なんぞに娘はやらん!とかそんなことを言われるんじゃないかと戦々恐々としていたが、全然そんな事はなくしっかり歓迎してもらった。

 肩透かしと言えば聞こえは悪いが、それでもかなり力が抜けてしまった事は間違いない。


「それなら勇気を出して良かったよ。もしあそこで逃げてたら本当に別れなきゃいけなくなったから」


「ふふっ、そうだね……えいっ♪」


 隣に座っていた紗奈さんはそう言って胸に優しく飛び込んできた。そのままベッドの上で横になり、見つめ合って笑う。


「えへへ♪エッチはできないけどギュッてするだけならいいよね♪」


「そのまま耐えきれなくなったりしてな」


「それはあるかも♪」


 そんなことがあってはいけないのだが、彼女は嬉しそうにしながら優しくキスをしてくる。

 触れ合うだけのソレは、後のことを考えて控えめにしていることが分かる。

 深ければ深いほど、互いに抑えが効かなくなるから。


「そういえば、観月さんって大分変わったね。前は樹くんのことを突き放すようにしてたのに」


 紗奈さんは恋人繋ぎをしながら俺の胸を枕にして、うつ伏せになりながらそう言った。

 顔だけはこちらにしている姿は、ちょっとだけ幼く見えて可愛らしい。

 たしかに観月は本当に変わったと思う……というより、アレが本質というか本心だったのかもしれないが、今更知ったところでどうにもならない。


「そうだねぇ……でも、身勝手が過ぎるでしょ。自分で突き放してあんな人と付き合って追い打ちをするようにあんなこと……」


「それは本当にそう。あれだけ口の悪い人と付き合って、そのせいで樹くんを傷付けたのに今更ね」


 ある程度話を知っている紗奈さんだからこそ、観月に同情することも庇ったりするようなことも無い。

 俺が振られて観月から距離を置くように話をされた事は知っているし、その後の揉め事ももちろん知っている。


「あれだけのモノ見せられて、逆に吹っ切れたというか、突き抜けたのかな」


「あー……」


 なんかそんな気がする。

 どうせなら行くとこまで行ってしまえという意図が感じられないこともない。


「まぁ、もうこの話はやめよう。情緒がおかしくなる」


「そだね」


 下らない話をやめて、俺たちは他の話で盛り上がった。

 体勢はそのままに、穏やかな時間を共有した。


 そうしていること三十分ほどだろうか?扉がコンコンとノックされて、外から声が聞こえてくる。咲恵さんだ。


「ご飯ができたからいらっしゃい」


「「はーい!」」


 咲恵さんへの返事が見事にハモってしまい、二人で見つめ合って笑ってしまう。

 立ち上がった紗奈さんが差し出した手を握り、俺も同じく立ち上がる。


 二人で手を繋いだままリビングに向かうと、食卓には昼食の準備が出来ていた。


「あらあら二人とも……うふふ♪さぁ座って!」


「ありがとうございます」


 仲の良い俺たちを見て咲恵さんはとても嬉しそうに笑って、彼女と向かい合った席に手を向ける。

 二人で並んで座り、三人で食卓を囲んだのだった。

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