七十一話 嘘つき

 樹くんが病院に行った翌日、彼は今日学校を休んでいる。せっかくの文化祭なのに、一緒にいられないのは残念。

 でも何かあったら大変だから、彼にはちゃんと休んで欲しい。今日学校が終わったら会いに行こうと胸に誓っている。

 それに、彼には話さなきゃ行けないこともあるからね。


 昨日はお母さんが学校に来て、樹くんと顔を合わせたいと思っていたのだけれど、姿を表さなかった彼に失望してしまったみたい。


『私が来ること、ちゃんと話したのよね?』


『うっうん』


『でもいないのはどうして?約束を破るような人と付き合うのなら、私は許さないわよ。関わる相手は考えなさい、紗奈』


 お母さんはそれだけ言って帰ってしまった。せっかく樹くんを認めてもらうチャンスだったのに、あの人のせいでそれが失われてしまった。許せない。


 昨日は彼の病院に付き添って、そのあと彼のお母さんに家まで送ってもらったのだけれど、時刻は夜七時を回っていてその事でもお母さんに怒られた。


 だからあの時、彼の姿が見えなかったことを話した。謎に八つ当たりをされた彼が、体育倉庫に閉じ込められてしまったことも。

 でもお母さんはそれさえネタにして、別れるように言ってきた。


『八つ当たりね……そんなことをされるような人と一緒にいれば、紗奈まで巻き込まれるわよ。いい?これはあなたのためなの、別れなさい』


 ハッキリとそう言われた。受け入れる気はないけれど、それでも私は何も言えなかった。

 樹くんは別に、後ろめたいことがあってお母さんに会わなかった訳じゃないし、むしろ彼はしつこくナンパされている観月さんを庇ったことで、相手の印象に残ったからやられただけ。

 もしこれが樹くんではない男の子だとしても、ああいう人は同じようなことをしたと思う。


 お母さんはそれを分かっていない。

 それに、樹くんがどれだけ相手のことを考えようとしてくれるのか、ということも分かってない。


 小学生の時に引っ越したあと、小学六年くらいの時にお父さんの浮気で両親が離婚した。

 私はお母さんの方に付き、それからずっと女手一つで私を育ててくれた。

 だからだと思う、異性絡みで厳しくなるのは。



 そしてお母さんは言った。私がその気なら相手はお母さんが決めると。

 今回 樹くんが姿を見せなかったことで、これから自由恋愛は学生の間だけと言われてしまった。

 私の見る目がないからだってさ、ひどいよね。

 でもやっぱり一番ショックだったのは、樹くんを悪く言われたこと。


 樹くんは私の初恋の相手で、初めての恋人で、初めてを捧げた男の子。許せる事じゃないし、もちろん怒った。そんな事言わないで!って。

 その時はお母さんもなにもいわなかったけど、また今日から何か言われるかもしれない。


 いつかちゃんと、樹くんのことをしっかり分かってもらわないと。


 ちなみに今は、ナンパ男の指示で樹くん呼び出して、挙句嘘をついてを困らせた男の子を春風はるかぜくんたちで詰めている。


「だっだから僕はただ呼び出すように言われただけだよ。それに嘘なんてついてないってば」


「じゃあ樹が観月と手を繋いでたってのはマジなんだな?」


「うっうん……」


 何やらビクビクと怯えているようだけど、全く同情できないし腹が立ってくる。相手によって態度を変えるなんて、情けないことをするくらいなら何もしなければ良かったのに。


「だってよ観月。コイツの言ってることは事実か?」


「えっ……」


 まさかの人物が呼ばれたことで顔を青くする男の子。バカだね、すぐバレる嘘をつくなんて。

 観月さんは怒ったような雰囲気を発しながらツカツカと彼に近付いた。


「そんなわけないじゃないですか。樹くんは手を繋いでなんてくれませんよ。それに私は、樹くんを呼び出してもいないですし、嘘に嘘を重ねるのはやめてください」


 それを聞いた周囲のクラスメイトがざわざわとしている。ここは私たちのクラスの出し物がある場所だ。

 嘘をついた彼を公開処刑するために、その嘘を信じた人達がいる場所で、観月さん本人から真実を話してもらう。


 人と愚かなもので、発言した人とその内容によっては簡単に信用してしまう。どうして樹くんではなく、こんなバカみたいな人を信じたのかは分からないけれど、さすがに観月さんを疑う人はいないみたい。


「どういうことだよ。お前、嘘ついたのか?」


「いっいや、嘘なんてついてないよ!観月さんも変なこと言わないで欲し……」


 クラスメイトから尋ねられ、観月さんに罪をなすり付けようとしたみたいだけど、彼女から向けられた圧に押し黙る。


「……はぁ、本当に嘘ばかりですね。樹くんになんの恨みがあるのか分からないです。ただただ不愉快なのでやめてください、これはお願いじゃありません」


「もう観念しろよ。お前はホントのことを言うしかねぇんだよ」


「うっ、うぅっ……」


 観月さんだけでなく、燈璃ちゃんからもそう言われて呻くことしかできないみたい。

 八方塞がりなんだから、素直に謝ればいいのに。

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