四十七話 壱斗の想い
「
言いづらそうにした壱斗から放たれたソレは、まさに灯台もと暗しであった。
もしかして
なんにせよ、それなら俺は壱斗に謝らねばならない事がある。
俺は咄嗟に頭を下げた。
「おいおい、なんだよやめてくれ!」
「ごめん壱斗、俺は燈璃と……キス、しちまった」
実際のところを言えば " した " と言うより " された " というのが正しいのだろう。
しかし女性…それも大切な人のせいにするのは嫌だし、何よりされてしまった俺だって悪いと思う。油断し過ぎたのだと。
しかし壱斗はそれを聞いてポカンとしていた。
「えっと…すまん。そのことは知ってるし、それに好きにしたらいいと思う……」
「えっ、何言ってんだよ。だって燈璃はお前の……」
申し訳なさそうにそう言った壱斗だが、それねもさすがに俺のしたことはまずいだろうと思った。
だが彼は気まずそうなままだ。
「形だけだ、
形だけ…つまり燈璃の言っていたとおり、お互いに情がないということが、愛情が……
それは、とても寂しいことだと思った。
頭を下げ、顔を壱斗の方に向けている俺の肩を彼はポンと叩く。
「だからいいんだ、例えお前とアイツがキスしてようがヤッてようが…付き合ってようがな。だからもう、頭を上げてくれ。たのむ」
縋るような目をしながら方に手を置いてそう言って壱斗に、俺は何も言えなかった。ただ姿勢を戻し彼と向き合う。
「でも本当にいいのか?壱斗にとって燈璃は…」
「決められただけの相手だ、俺たちの意思じゃない」
" 決められただけの相手 " 諦めたように告げたその声には気のせいか、なぜか言い慣れたような雰囲気があった。
まるで何度も繰り返してきたような、そんな感じ。決まり文句のような。
そんな彼の様子に俺は何も返せなくなる。言い知れぬ雰囲気。
「だから気にするな、それに俺は……いや、なんでもない」
何かを言おうとした壱斗だが、何故か押し黙ったことと聞きづらい雰囲気があり無理には聞き出せなかった。
俺は彼に何もしてやれないと、そう思った。
「本当に、何も無いのか?」
「……あぁ。少なくとも、お前に言えることはないよ」
冷たいような物言い、それは俺に余計な心配をかけたくないのだと、そう感じられた。
彼らの家族間、その出来事は俺が介入できはしない。それはフィクションの中だけだ。
「…分かった、もし何か話せることがあったら愚痴でもなんでも言ってくれ、それくらいは…な?」
たとえ些細なことでも、頼って欲しいとそういう意図を込めてそう言った。
壱斗は笑って頷く。
「あぁ、分かったよ。お前は俺たちの親友なんだからな、頼らせてもらう。……でも、お前も頼ってくれよ?」
「もちろん」
それは俺たちなりの助け合い…と言っても互いに寄り添ったりするくらいだ。特別なことはない。
ただ俺が気になったのは、壱斗は一体だれが好きなのかということだ。
まぁそれを知ったところで俺に出来ることはないが……な。
話が終わり壱斗と別れて家に向けて足を踏み出すと、声をかけられる。
「やほ樹」
「あ、姉ちゃん」
大学から帰ってきたであろう姉ちゃんが手を振りながらこちらに歩いてくる。
確かにいつもならこの時間には帰ってくるね。
まだ、日も沈みきってないし。
「壱斗くんと喋ってたんだ」
「そうだよ」
そんな話をしながら二人で並んびながら家に向かって歩いた。
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律儀な奴、それが樹に対する印象。
確かに俺と燈璃は婚約者だ、しかしそれだけだ。お互いに恋愛感情がないのだから、もし相手が本気で好きならば付き合おうがキスしようが特になんとも思わない。
ましてや相手が樹だというのなら応援したいくらいだ。アイツならきっと幸せにしてやれるだろうしな。
だからさっき、アイツが頭を下げて謝ってきたことに関してはもう笑いそうだった。
なんて真面目でバカ正直で、良い奴なんだろうって。
むしろどんどんやってくれ というのが俺の感想だった。そうすれば燈璃も幸せだろ。
ただ問題は七瀬だけどな。樹の恋人な訳だし、彼女の存在を無視する訳にはいかない。
だから燈璃も引いたんだろう、そうじゃなかったらきっと……いやどうなんだ?今まで
まぁ考えても仕方のないことかと、考えることをやめる。
俺も燈璃も、婚約者であるお互いではなく別の人間に恋をしている。
燈璃が樹のことを好きならば、俺が好きなのは……
「サツキさん……」
俺が思う女性の名前を呟く。
その人のことを好きになったのは、初めて樹の家に遊びに行った時のことだ。
所謂一目惚れってヤツだ、ずっと俺の心に残っているのは彼女の存在。
思わず吹き出すように笑ってしまう。
「ったく、揃いも揃って……」
俺も燈璃も好きになったのは、
俺が好きなのは、樹のお姉さんである
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