四十五話 燈璃のきっかけ

 だあぁぁ!クッソ勿体なかったぁ!

 お涙頂戴でたつきに抱いて貰えば良かったと今になって後悔する……とまではいかないが、それでもやっぱり勿体ないことした気もする。

 七瀬ななせの提案は嬉しかったし、アイツなりに考えてくれていることも伝わった。

 でもやっぱ、アタシにはアタシなりのやり方があるから諦めることにしたんだ。


「よう燈璃あかり、待たせたな」


「いや、全然待ってねぇよ」


 樹と別れた今は何をしているかと言うと、壱斗いちとに連絡してすこし話を聞いてもらうことにした。

 ヤツはすぐにやってきて、樹よりも少し遠い距離感でそこに立つ。


 婚約者とはいえ、それは親が決めちまったことなだけだ。ただ逆らえないだけの同意でしかない。


 とはいえ、壱斗には話しておかなきゃいけないと思ったんだ。先ほどあった樹との話、そしてアタシが恋を改めて諦めたことを。


「そうか……でも良かったのかよ、それで」


「むしろ、それしかねぇだろ」


 コイツはアタシが樹のことを好きだってことを知ってる。

 アタシが小学生のころにあいつに惚れたことも、それだからアタシとアイツをで引き合わせてくれたことも。


「……わりぃ、変な事言ってよ」


「良いさ別に、その代わりに樹とは一番の親友させてもらうからよ」


 恋を諦めるんだからその分いい思いはしたい。

 樹の親友ポジは壱斗のものだが、その立場は奪わせてもらう。


「なっ、それはズリィぞ!俺のが先に樹の友達やってんだぞ!」


「へへーんだ」


 コイツも割と樹が大好きなヤツである。ただ恋愛感情がないだけだ。

 だから良いだろ?自分の恋を諦めたアタシを労うってのなら、ちょっとくらい樹に近付かせてくれ。

 ホントは辛いんだよ。


「ったく、ホンットにお前は…っはは」


 やれやれといいつつもなんだかんだ笑ってくれる壱斗だが、コイツは恋をしたことは無いんだろうか?

 アタシもそうだが、好いてない相手と結婚させられるのも割とダルいだろ。

 ……まぁだからってどうもできないんだけどさ。


「…樹はホント良い奴なんだよ、燈璃なら知ってるだろうけどな」


「当たり前だよ、だから好きになったんだからさ」


 お互いに大切な人の話で盛り上がる。樹は多数の人間と関わる訳じゃないが、その分一人一人との関係に深みを持たせるんだ。

 それは充実した関係。



 アタシが樹を好きになったのは小学生の頃である訳だが、そのきっかけとなった出来事は今でもいい思い出だ。

 他の女子たちと比べてガサツだったアタシは男子連中といる事の方が多かった。

 しかし歳を重ねれば誰しもが異性というものを感じ始め、それにより男女間で気まずさを感じることもある。

 普段から男子と関わることの多かったアタシは女子からあまりいい印象を持たれておらず、男子からも『男女おとこおんな』と呼ばれてからかわれることもあった。

 当然距離だって置かれることもあったし、そうなれば孤立することもあった。

 壱斗は傍にいてくれたが、とはいえアイツにも友達関係がある。当然であるがアタシだけじゃない。

 壱斗がそっちで遊んでいる頃に、アタシは一人でポツンとそこにいた。

 誰からも声をかけられず、隅で座り込んでいたアタシの傍に来てくれたのは樹だった。


 その時はクラスが違うために名前は知らなかったが、いつだったか樹と壱斗が仲良くしているのを見て壱斗に聞いたのだ。

 どうやら今流行っているゲームの話題で盛り上がっていたようで、なんとかそれをネタに樹に声を掛けれないかと思っていた。しかし、どうすればいいのか分からなかったアタシは壱斗にお願いして樹に繋いでもらった。

 当然アタシたちは時間を忘れて盛り上がり、また遊ぼうと約束した。


 それから壱斗を交えて三人で遊ぶこともあり、気付けばアタシたちはイツメンになっていた。

 そんな折に樹が言われた。


『酒匂みたいなガサツで男みたいなやつのどこがいいんだ?』


 誰が言ったか、そんな言葉を樹に放った男がいた。アタシは目の前におらず、少し離れたところにいたため気付かなかったようだ。

 しかし樹は少し怒ったように返した。


『は?あんな可愛い女の子なのに何言ってんの?』


 さも当たり前のように " 可愛い " と言った樹に誰も言い返せなくなった。

 もちろんアタシも驚いて言葉を失ってしまった。好きな人にそう思われていたなんて、嬉しいに決まってる。

 高鳴る胸、熱くなる顔。それからしばらくはアイツと目を合わせられなかったくらいには動揺した。


『ノリが良くて話も合うし、明るいからこっちも楽しくなる』


 そこまで樹が言ったところで恥ずかしくなったアタシはそこから離れた。だからその先にアイツが何を言ったのかは知らない。


 ただ、もうとっくにアタシは骨抜きにされていた。夜な夜なアイツと手を繋ぐ妄想をするようになって、時間を追う毎にソレは段々激しいものになった。


 いつしか、身体を重ねる夢を抱くほどに。

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