四十三話 親友
昼休みに
どんな話をしていたのかは知らないが、内緒話を聞き出すような無粋な真似はしない。
そう思ったのだが、放課後になって彼女が言った。
もし燈璃から何かを願われた時は、ソレに応えてあげて欲しいんだとか。
彼女から話を聞いてから答えを出して欲しいらしいが……どんなものか分からない以上なんとも言えない。
それがどんな願いなのか、それをまず本人から聞かないことにはなんとも言えないのだ。
大切な友達だから、できるだけ望みには応えてあげたい。
「ごめんね、変なこと言っちゃって…」
「まぁ、別に良いけどさ」
申し訳なさそうに紗奈さんはそう言った。その表情を見るに、割とややこしいものかもしれん。
今は燈璃本人が色々と考えているらしいから、それを待つしかない。
そう思っていたのだが、思ったよりすぐに連絡が来た。それはその日の夕方のこと。
「じゃぁ……少し歩くか」
「だな」
家に着いてすぐ、燈璃から連絡が来た。
彼女はすぐ近くにおり合流は早かった。それから俺たちはゆっくりと歩く。
「ごめんな急に呼び出して、困るよな……」
「全然いいって、俺に出来ることなら何でもやるよ」
何の気なしにに放った言葉。もちろんやれることならやるけど、そう思って出た言葉だ。
すると彼女は鼻息を荒くして詰め寄ってきた。
「何でも?何でもっつったか?」
「えっ…まぁ?そだけど……」
「そうか……ゴクリ」
それからしばらく、何かを誤魔化すように、そして彼女が心の準備をするかのように二人で歩いた。
しばらく歩いて、彼女が口を開いた。
「アタシ、樹が好きだ」
「っ!」
その言葉を聞いてそちらを向くが、彼女は目を合わせない。気まずそうに視線を逸らしまま、前を向いている。
「……本当はずっと、ずっと前から好きだった。でもアタシは……」
そこから告げられる彼女の胸中。そしてその想いを伏せ続けていた理由。
そして、それを話すに至った理由を話た。
あの時、つまり
それから自分の想いを強く再確認し今回の事に至ったとのこと。彼女は言わなかったが、恐らく昼時に
今まで我慢していたのは、婚約者がいたからだったのか…
でも家の事情で出来ただけの相手であり、お互いに情がない。それでもその人と結婚しなきゃいけないから、だから俺との気持ちを諦めていたと……
それは凄く、切ない話だと思った。
「実は少しだけ、思ってる事があるんだ」
「ん?」
あえて白々しく返す。それは恐らく、紗奈さんが言っていたお願いというものだろう。
しばらく考え込んだ彼女がゆっくりと口を開く。
「本当は、アタシを抱いて欲しかった」
燈璃の口から放たれた言葉に、思わず息を飲んでしまう。あぁ、この事だったのか……
ただ彼女の言い方に引っ掛かりを覚えた。お願いと言うより、願っていたこと。つまり諦めたものであるような言い方だったのだ。
「そりゃそうだろ。好きな人とヤりたいって、普通なら誰だって思うことだ。アタシだって何回も樹を押し倒したくなった。何度も、何度もだ」
立ち止まり俯いて、彼女がポツポツと語る。
その切なさを孕んだ雰囲気が、彼女の勝気な性格を忘れさせる。
そこにいたのは、たった一人の女の子だった。
叶わない恋に悲しみ、その辛さに喘ぐ純粋で真っ直ぐな…そんな人。
「でも、今更ダメだ。一回ヤったら、絶対に止まらなくなる。
こちらを見つめる瞳は、とても力強かった。ハッキリと自分の意思が顕れたソレには並々ならぬ決意が感じられた。
自分の弱さを知っているからこそ、堪えなければならないことを分かってるということだろう。
「でもせめて、アタシが結婚するまで……一番の親友として傍にいて欲しい」
俺にとっては言われるまでもないこと。でも彼女にとっては大事で、切実なお願いだった。
俺には恋人がいるからと距離を置いて欲しくない、だから傍にいてくれと言ったんだろうことは想像がついた。
俺が言えるのはただ一つ
「……当たり前だろ。燈璃には、ずっと助けられてきたんだ。だから、これは恩返しじゃなくて…助けてくれた人と、お互いに支え合いたいって気持ちだ。もし燈璃の身に辛いことがあったときは、絶対に俺が助ける」
どんな些細なことでもいい。どんな事でも何回でも、彼女が苦しんでいたり悩んでいるのなら、話を聞いたり助けたりしたいんだ。
その全てが、俺の出来る恩返し。そして、友達としての '' 当たり前 '' だから。
「……ありがとう、樹」
俺の言葉を聞き届けてくれた燈璃は、そう言って微笑んだ。
燈璃のことをまるで男みたいだと言っている連中も、今の彼女を見れば、彼女がそこら辺のアイドルでも足元に及ばない美少女であると理解するだろう。
当然俺はもっと前から理解していたが。
「……でもちょっとだけ、ワガママになってもいいよな」
「ん?」
目を逸らし俺に聞こえない声量で何かを呟いた彼女は、怪しげな笑みで俺を見た。
いきなりだが、彼女の運動神経はかなりいい。
当然俺より体力もある。それこそ壱斗にも負けないだろうくらいには。
もし咄嗟に彼女が動いたとすれば、多分俺には反応が追いつかない。
つまりどういうことかと言うと、いきなり抱きつかれたら反応が遅れるということだ。気付けば俺は彼女の腕に包まれていた。
俺の唇も、彼女のソレと触れ合っていた。
後ろから照らす夕日が、困惑する俺を照らす。
それは彼女も同様だ。
しばらくして顔を離した彼女の瞳は、少しだけ潤っていた。
夕日色に照らされその美しさが引き立てられた彼女が印象的だった。
「……ごめんな樹、でもこれっきりだ」
当然俺は困惑したままだ。言葉は聞こえているが、情けない返事しか出ない。
それを理解しているのか、燈璃は続ける。
「マジごめんな!でも、用事はこれだけだから!じゃーな!」
そう言って燈璃は走り去る。
俺と言えば、ロクに返事もできずただ立ち尽くすだけだった。こんな情けない姿を見ていたのが燈璃だけだったのは幸いだったと、後になって思った。
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