四十二話 せめてもの
「そういえば、
「えっ、それはその……」
私の素朴な疑問に顔を赤くして戸惑う
あくまで恋バナで、興味本位だけどもし彼女が話してくれるというのなら是非聞いてみたい。
「小学生の時の事なんだけどよ……アタシってこんなだから、男とも女とも馴染めなくてからかわれてばっかでさ」
よくある
「そんなアタシでも仲良くしてくれたのはアイツなんだ」
聞けば
春風くんはその頃から友達が多くて、そちらの子達と遊んでいる都合で一人になる事があった酒匂さん。なんとなく寂しさを感じていた時に話しかけてきたのは樹くんだった。その樹くんらしさはやっぱり変わらないんだね と、そんなことを考えて嬉しくなった。
「たまにしか喋ることは無かったけどさ、だから気になったんだよ。それで
彼が樹くんと仲良しなのは知ってるけど、そんな関係性だったんだ……
空を仰ぐようにそう語る酒匂さんからは、叶わない恋に苛まれる女の子という雰囲気が感じられた。やっぱりちゃんと女の子なんだ、多分 樹くんだってその事は分かってると思う。
「そっか……樹くんに告白はしなかったの?」
「ねぇよ」
即答だった。どこか辛そうに、そして諦めたような感情がありありと感じられた。
彼ならきっと受け入れてくれそうなのに……
「……言ったろ。アタシにゃ、婚約者がいンだよ。だから……ダメなんだ」
「っ……!」
絞り出すように彼女から告げられた理由。それを聞いて私は迂闊だったと反省した。
それが酒匂さんの恋を諦めさせていたこと、まるで鎖のように縛り付けていたんだ。
思えば当然なんだ、
最後まで一緒にいられないから、だから諦めていたんだと分かってしまった。
それは彼女なりの責任。もしお互いがずっと愛し合っていたとしても、必ず別れなきゃいけないから……
それならいっそ、初めから諦めてしまおうと決意してしまったんだ。
せめて、ほんの少しでも報われないかと思ったけど…ここで私が彼女の決意を邪魔してしまうのは良くないのかもしれない。
でも、これは私のエゴ。
「せめて、デートとか……'' そういうこと '' とかしたくない?」
「シたいさ!でもっ……でも
彼女の言い分は分かるし、普通に考えれば私の立場からその発言はしちゃいけない。
でも、私だからこそ言えることがある。
「私が許すって言ったら?」
「……は?」
本当は嫌だし、もしかしたら余計な事だろう。
というか余計なのは勿論だろうけど、でも私という恋人がいるからこそできると思った。
だって、樹くんは私が好き。酒匂さんと '' そういうこと " をしたとしても私への気持ちがあるから……と。樹くんが彼女の気持ちに少しでも応える出来たなら……まだ彼に聞いてないから皮算用だけど。
「こんな事言うのもアレだけど、樹くんは私と付き合ってる。だから、酒匂さんと例えばエッチしたとして……それだけの割り切りだとしたら?」
「っ……」
きっと樹くんならある程度は割り切って、でもヤリ捨てみたいなことはしないはず。
いやまぁ似たようなことはしてるんだけどさ、せめてお互いに同意みたいなものがあれば。
「もちろん、まだ樹くんには話してないから期待だけになっちゃうかもしれないけど」
「……せめての、思い出作りってか」
「うん」
私の言わんとするところを察した酒匂さんがそう言った。
もちろん樹くんが断ればダメだけど、せめて少しでも報われて欲しい気持ちが私にはある。自分勝手なのは百も承知だけどね。
まずは、彼女の気持ちが知りたい。
「……それは、
「でしょ」
顎に手を当ててしばらく考え込んだ彼女がそう言った。肯定的に捉えてはいるけど……
「それが許されるなら…一度でもいい、アタシは
それは切実な願い。たった一つの叶わない恋を、ただ悲しいだけで終わらせたくないと思う気持ち。
せめての思い出が欲しい、それがありありと伝わってくる。
「少しだけ、考えさせてくれないか…明日までには……」
「分かった」
酒匂さんは瞳を揺らしながらそう言った。
まだ彼女の気持ちは分からないけど、先に樹くんに話しておかないといけないね。
「先に戻っててくれ、アタシもすぐ戻る」
「うん」
きっとゆっくり考えたいのだろう、そんな彼女に手を振って私は先に教室に戻った。
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