第56話 婚約(2)
アルタイス精霊王国国王テオドールの前で、正式に整えられた、婚約の契約書にサインをする。
アルヴァロに続き、美しい筆跡でサインをしたブルーベルに、温かな拍手が送られた。
会場は、ヴィエント公爵邸の大広間。
公爵邸に勤める使用人達も、皆笑顔で拍手している。
アルヴァロは騎士団の礼装だという、紺色の膝丈チュニックを着て、その下は黒のトラウザーズに黒のブーツ。
チュニックと同じ、紺色のマントを羽織り、礼装用の剣を腰に差していた。
署名を終えたブルーベルの手を取って、優しい表情のまま、ひな壇の上に作られた二人の席へとエスコートをする。
これから、出席者からのお祝いを受けるのだ。
ブルーベルは、アルヴァロの髪の色に合わせ、鮮やかな青のドレスを着ていた。
まるで花びらのような、薄いシフォンを何度も重ねて作られた、芸術品のような、オーバードレスだった。
その下に着ているのは、純白の、たくさんフリルが寄せられたアンダードレス。
デザイナー、アネカの最新作だ。
長い銀色の髪は、ゆったりとしたハーフアップに結い上げられている。
時折、チラリと見える首筋が美しく、アルヴァロは目が離せなかった。
「本当に美しい」
アルヴァロはそう呟くと、ブルーベルの髪の上から、彼女の頭にそっとキスをした。
「そのネックレスも、よく似合う」
「ありがとうございます」
ブルーベルははにかみながら、お礼を言う。
それは、婚約指輪と一緒に、ブルーベルに贈られたものだった。
まるでアルヴァロの瞳のような、オレンジシトリンと、ブルートパーズと、エメラルドの玉が交互に配置された、美しいネックレス。
中央には、ブルーベルの瞳のような色合いをした、フローライトのしずく型のペンダントトップが揺れていた。
婚約指輪も同じ石がお花の形に配された、凝った作りのものだ。
その新しい指輪をはめた、細い指先を握って、ブルーベルをエスコートできることに、アルヴァロはこの上ない喜びを感じていた。
アルヴァロがまるでブルーベルを抱き上げんばかりにして、ひな壇の階段を上がると、出席しているおじさん達……いや、大臣方からどよめきが起こった。
「ほお、本当に、妖精さんのように可憐な婚約者ですなあ」
「とうとう、ヴィエント公爵もパートナーを見つけられて、何よりですよ」
「おやまあ、これは大事にしておられますねえ」
「お気づきですかな? あの堅物公爵殿が、姫君とお揃いのブレスレットを付けておられますぞ!」
「ほほう……! めざといですな! 財務大臣殿、さすがです」
盛り上がっているのは、大臣達だけではなかった。
「いや〜、話には聞いていたけど、本当に可愛いなあ、ブルーベル姫は」
納得したようにうなづいているのは、アルヴァロの兄である、テオドールだった。
「わたしの義娘、あなたの義妹よ、テオ。ほんと、いい子が来てくれて、よかったわよねえ。見て、アルのあの顔」
アルヴァロと同じ、鮮やかな青い髪を優雅に結い上げたキアラがふふ、と笑った。
「メロメロだな」
「ね?」
そんな会話が交わされている時、白い頭をした何かが、ひょい、と広間を覗き込んだ。
それに気づいてざわめく人々。
その中をお構いなしに、広間を突っ切って、トコトコとまっすぐ、ブルーベルの元に向かう。
「まあ、ユニコーンさん!」
ブルーベルが嬉しそうに声を上げた。
(ユニコーンさん!?)
一同はその言葉を聞いて硬直した。
一方、アルヴァロは一瞬、ぎくりとした表情になった。
しかし、ユニコーンはそのまま、ひな壇に上がると、アルヴァロを蹴り飛ばすこともなく、ブルーベルの肩に、嬉しそうに頭を擦り付けたのだった。
「いい子ねえ、ユニコーンさん」
ブルーベルはそう言って、ユニコーンの頭を優しく撫でてやるのだった。
会場がざわめく。
「なんと! ユニコーンの守護を受ける乙女ですか」
「まさか、生きているうちに本物のユニコーンを見られる日が来るとは。孫娘のアンナを連れてくればよかったですよ……」
「最強魔法騎士団長に、最強の嫁が来ましたな……」
ブルーベルは、自分が来客一同に衝撃を与えたことに、全く気づいていなかった。
* * *
婚約式は、ヴィエント公爵邸にある、一番大きな広間が会場となった。
当初は『内輪で』と言っていたテオドールだったが、前国王の第二王子で、公爵、さらに魔法騎士団長という立場にあるアルヴァロの婚約に、主だった大臣達も出席を希望し、結局、それなりの人数になったのだった。
「それでも、貴族の方々のご招待はなしでしたからね、その分楽なものです。アルヴァロ様が、どうせ結婚披露宴にはそれなりの人数を招かざるを得ないとおっしゃっていましたし、テオドール様は王城の広間で開催してはどうかというお話でした」
ミカが感心したように言う。
出席した大臣達からのお祝いを一通り受けたブルーベルは、アルヴァロの指示で、一旦、控室で休憩を取っていた。
ユニコーンも付いてきて、ブルーベルの手から、美味しそうなブドウを一粒ずつ食べさせてもらってご機嫌だ。
ブルーベルの侍女ミカが、ブルーベルの世話をしようと、かいがいしく動き回っていた。
「冷たくしたお茶を召し上がりますか? この後はお食事が出ますから、それで婚約式も終わりです……お客様とお話しして、大丈夫でしたか?」
ソファに座ったブルーベルが微笑みながら、ミカを見上げた。
「それがね、正直、心配していたのだけれど……ほら、わたしの顔がこうだから」
ブルーベルが、そっと、右手で右頬に触れた。
「ところが、皆さん、とても優しくて、親切なの。あるおじいさまなんてアルヴァロ様がようやくご結婚するということで、本当に喜んでくださったわ。それで、ぜひその方の別荘に遊びに来てください、と言われたの。招待状を送ってくださるそうよ」
「まああ、そうだったんですか? いったい、どなたでしょうね。ご年配の方ですよね?」
「ええ。それにある方は、仮面のことはお気になさらず、っておっしゃってくださって。アルヴァロ様は優れた魔法騎士だから、きっと元のお顔に戻れる方法を見つけてくれますよ、って」
「それはよかったですね。私も嬉しいですわ。じゃあ、大勢のお客様とお会いになっても、大丈夫だったんですね?」
「ええ、ミカ。心配してくれてありがとう。アルヴァロ様にもそう伝えないとね。わたし、お化粧を直したら、また会場に戻るわ。ミカ、お願いできるかしら?」
「もちろんですとも、ブルーベル様」
その時、ドアが開いて、キアラが入ってきた。
「ブルーベルちゃ〜ん、元気かしらぁ!? お迎えに来ましたよ、お義母様と一緒に会場に戻りましょうね〜!!」
「お義母様!?」
「そうよ、約束したでしょ? 婚約したら、お義母様って呼ぶって」
キアラが、じ、っとブルーベルを見つめた。
ブルーベルが顔を赤くして、言った。
「お、お義母、様……?」
ブルーベルが、こてり、と頭をかしげる。
「きゃぁあああああ!! 可愛い〜っ!!」
「大奥様、落ち着いてください!」
控室に、キアラの叫び声が、響いた。
慌てて駆け寄るミカ。
そして。
「ブルーベル! 母上!? 一体、何があったんですか!」
バーン! と控室のドアが開いて、アルヴァロが飛び込んできたのだった。
ヴィエント公爵邸には、明るい笑いが溢れていた。
しかしこの時、運命は静かにその歩みを進めていたのだった……。
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