第4章(最終章)アルタイス精霊王国

第55話 婚約(1)

「結婚式の日取りですか?」


 ヴィエント公爵邸。

 アルヴァロの書斎にあるオーバル型のテーブルは満員だった。


 ローリンとビヨークの老家令と若家令のコンビ。

 もちろん、当事者であるアルヴァロとブルーベル。

 それに、ブルーベルの侍女ミカとアルヴァロの母キアラ。

 加えて、デザイナーのアネカに、ラースキン伯爵夫人まで揃っていた。


「まあっ! おめでとうございます、アルヴァロ様、ブルーベル様!!」

「おめでとうございます!! まぁ、これはおめでたいですわね!!」


 アネカとラースキン伯爵夫人が喜びの声を上げた。


「ありがとうございます」


 ブルーベルが顔を赤くして、照れつつもお礼を言う。


「結婚式の日取りは、テオドールにも相談しないといけないわよ?」


 キアラが思案げに言う。


「そうですね。明日にでも王城に行ってきましょう」


 アルヴァロがうなづいた。

 うなづきつつ、テーブルの上に手を伸ばして、用意されていたクッキーを一つ取る。


 書斎に集まって、打ち合わせの体を取ってはいるが、茶菓子もしっかりと用意されており、皆で一緒に楽しむティータイムのようだ。


「若、それは南国銘菓、パイナップルのクッキーでございます」


 アルヴァロがクッキーを取ったのを見逃さず、すかさずローリンが口をはさんだ。

 すると、ブルーベルがキラキラした目で、アルヴァロを見つめる。


「味見するか? ほら」


 アルヴァロがブルーベルの口元にクッキーを近づけると、ブルーベルが反射的に口を開いた。

 もぐもぐと食べるブルーベルを、アルヴァロは目を細めて見守る。


 そして、そんな二人の様子を大喜びでローリンが見つめている。


「若、こちらのフルーツケーキは、ペカンナッツ入りで、大変香ばしい仕上がりでございます」

「ほう」


「アルヴァロ様、ブルーベル様は、チェリーパイもお好きですよ。ほら、チェリーパイをあ〜ん、されるブルーベル様を見たくありませんか?」


 アルヴァロと二人の家令がおかしな会話をしているのを、女性達は生温かい視線で見守っている。


 するとブルーベルが恐縮しながら、立ち上がった。


「すみません、アルヴァロ様。ちょっと失礼します」


 レディが立ち上がれば、紳士も立ち上がるもの。

 アルヴァロも慌てて立ち上がって、ブルーベルの手を取り、エスコートの準備をする。


「ブルーベル、どうした?」

「はい、ドアの外で音がするのですが、ユニコーンさんが中に入りたいのではないかと」


 そう言われてみると、ドアの外から、何かがガツガツとドアを蹴りつけるような、少々不穏な音がしている。


「……ユニコーンは大丈夫だと思うぞ、それよりブルーベル。今日は昼食の後に一緒に庭を散歩して、それからサロンにカルテットを呼んでいるから、一緒に音楽を聴きながらお茶でも飲まないか? 


「ま、まあ。それは素敵ですね、アルヴァロ様。でも、今日は騎士団へは……?」

「今日は自宅で書類仕事をする、と言ってある。それでは、昼食は食堂で取ることにして。十一時半に部屋に迎えに行こう」

「え、いえ、大丈夫ですわ。食堂までなら、自分で……」


 すると、アルヴァロが握っていたブルーベルの手をスッと口元に持っていき、軽くキスをした。


「ひゃぁ!?」


「ブルーベル、私が迎えに行きたいのだ。誰よりも美しいブルーベルを、誰よりも早く、目にしたい。昼食の時の服は、昨日届けたものを、着てくれるね……?」


「は、はい。もちろんです」

「ありがとう、ブルーベル……」


「……大奥様。アルヴァロ様は大変なことになってしまいましたね」


 ビヨークがこそこそとキアラに話しかける。


「そうねえ。まぁ、人生初めての春だから、仕方ないんでしょうね……? アル、それはそうと、結婚式までに、婚約をしたらどうなの? 期間が短くてもいいのよ、ちゃんと婚約をして、それから……」


 キアラは最後まで続けることができなかった。

 執務室のドアが突然開いて、何かが飛び込んできた。


 ドカーーーーーン!!


 ついに仲間外れに我慢できなくなった純白のユニコーンが駆け込んできて、前足を振り上げると、思いきりアルヴァロの背中を蹴飛ばしたのだった。


 * * *


「婚約するの、いいんじゃない、アル」


 テオドールがあっさりと言った。


 翌日、早速アルヴァロは結婚式の相談に、王城までテオドールを訪ねてきていた。


「でも、私は早くブルーベルと早く結婚したいのです。婚約するとなると、また別な準備が必要になって、結婚式が遅くなってしまうのでは」


「婚約は、身内だけ公爵邸に招いて、内々の婚約式をすればいいんじゃない? 美味しいご馳走をブルーベル姫に食べさせてあげられるし、婚約指輪をプレゼントできるし、当日の新しいドレスもプレゼントできるし、何なら、婚約指輪だけでなく、耳飾りとネックレスのセットなんかもプレゼントできるよ? それにお揃いの衣装なんて、初々しくていいよね。私も婚約と結婚のお祝いの品を用意したいしねえ……大事なブルーベル姫のためにいいものを選びたい。手配するのに、ちょっと時間が欲しいかな?」


 テオドールは真面目なふりをして、婚約のメリットを挙げていった。


「おまけに、婚約者として人に紹介できるのって、いいだろうなぁ……『紹介します、彼女が私の婚約者のブルーベルです』、なんてね! 皆、羨ましがるだろうなあ……。そうだ、それに、婚約を契機として、ブルーベル姫のお部屋を主屋に移してしまえばいいんじゃない?」


「え、部屋を? ……そう思いますか、兄上?」


 アルヴァロがその気になって、身を乗り出してくる。


「そうだよ。物事には、口実が必要なんだ。婚約したんだから、とブルーベル姫も納得すると思う」


 アルヴァロの心は、決まった。

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