第45話 精霊との契約

「自然の中には、精霊がいるわ。あらゆるものに、精霊が宿るのよ。火、風、水、大地。森、木、花。山や湖、海……」


 キアラはブルーベルの手を取って、湖の岸辺に立っていた。

 ユニコーンは草原に立って、そんな二人を静かに見守っている。


「わたしはこの湖を守る精霊です。わたしのように、特定の場所を守る精霊も存在するの。わたしの性質は水。だから水の精霊達や、海の精霊、川の精霊達とは姉妹のような感じね」


 キアラが水の精霊に呼びかけると、湖の中に、キラキラした光が宿った。


「精霊と契約をしなくても、精霊に愛されるあなたなら、精霊にお願いをすることで、魔法を使うことができるわ。でも、精霊と契約すれば、もっと強力な魔法を使うことができるようになる」


「わたしは、精霊と契約をした方がいいのですか?」


 ブルーベルが尋ねると、キアラはうなづいた。


「ええ」

「でも、精霊は契約してくれるでしょうか?」


「あなたの名前を告げ、精霊に助けを求めなさい。精霊が契約するかどうかを、決めてくれます。精霊があなたを受け入れたなら、あなたに名前を教えてくれるでしょう。それが契約の印です。ブルーベル、まずはわたしに。助けを求めなさい」


 キアラが湖に立ち、まっすぐにブルーベルを見つめた。


「今まで、誰もあなたを助けてくれなかった。だから、あなたにとって、助けを求めることは容易ではないでしょう。でも、これは必要なことよ。助けを求めることで、あなたはもっと強くなれるの」


 ブルーベルは、ごくりと喉を鳴らした。


「わ、わたくしの名前は、ブルーベル・ドゥセテラ。湖の精霊よ、あなたの助けを求めます」


 キアラの顔に、微笑みが広がる。

 それはまるで、美しい青い花が、ゆっくりと花弁を開いたかのよう。

 キアラは、ゆっくりとうなづいた。


「我が名は、キアラ・ウルカ。そなたの願い、受け入れた。我が名にかけて、そなたが呼ぶ時、我は現れる」


 風が吹き、湖面が揺れ、青い光が周囲に輝いた。

 精霊との最初の契約が成された。

 ブルーベルの夫の母。

 義母である湖の精霊キアラとの契約だ。


「ブルーベル・ドゥセテラ、わたくしの大切な、"娘"」


 キアラはブルーベルを抱きしめた。

 そして共に立ちながら、キアラはブルーベルに次々と精霊を紹介したのだった。


 * * *


 ブルーベルの前に現れた水の精霊は、美しい若い女の姿をしていた。

 しかし、腰から下は、魚のように鱗で覆われた人魚だった。


 長い、赤い髪が湖面に広がっている。

 少し日に焼けた、健康的な肌色。少し大きな口で朗らかに笑っている。

 魚達と競うように泳ぎ回り、岩の上に腰を下ろして、歌を歌う。

 そのいきいきとした様子は、人間とほぼ変わらず、ブルーベルは目を丸くする。


「わたくしの名前は、ブルーベル・ドゥセテラ。水の精霊よ、あなたの助けを求めます」

「我が名は、イシュケ。そなたの願い、受け入れた。我が名にかけて、そなたが呼ぶ時、我は現れる」


 水の精霊は光と共に、湖水の中に消えていった。


「次は、風の精霊よ。ブルーベル、風を探しなさい」


 キアラがささやいた。


 ブルーベルが空を見上げると、風の精霊は、そよ風とともに、湖のほとりに降り立った。

 身体は半透明で、空気と溶け合っているようで、境目がはっきりしない。

 精霊が動くと、光の反射で、そうとわかるのだった。


 精霊は中性的な容貌をし、無表情な顔をブルーベルに向けていたが、それは敵意があるからではないようだった。


 精霊は絶え間なく顔を動かして、風の流れを追っている。

 それはどんな風も自分の責任、そんな想いが伝わってきて、ブルーベルにはとても頼もしく感じられた。


「わたくしの名前は、ブルーベル・ドゥセテラ。風の精霊よ、あなたの助けを求めます」

「我が名は、グイン。そなたの願い、受け入れた。我が名にかけて、そなたが呼ぶ時、我は現れる」


 流れるように風の精霊は答え、口元にかすかに微笑みを浮かべると、空中に漂うように消えていった。


 次にキアラが指示したのは、火の精霊だった。

 キアラに言われて、ブルーベルは魔法で火を起こした。

 ブルーベルはその炎に向かって、火の精霊に呼びかける。


「わたくしの名前は、ブルーベル・ドゥセテラ。火の精霊よ、あなたの助けを求めます」

「我が名は、ダローグ。そなたの願い、受け入れた。我が名にかけて、そなたが呼ぶ時、我は現れる」


 火の精霊は、トカゲの形をしていた。

 

 炎の中に浮かび上がったトカゲは、チチチ……と音を立てた。

 それは人の言葉とは違っていたけれど、ブルーベルはまるで頭に直接話しかけられたように、その意味を理解することができたのだった。


 キアラが微笑む。


「ね? 言ったとおりでしょう? 精霊の世界には、さまざまな姿をした存在がいるのよ」


 ブルーベルは、キアラが言わんとしていることがわかった。

 精霊の世界では、誰もブルーベルの仮面を気にしないし、それが本来あるべき世界の形なのだ、と。


 キアラは精霊達を通じて、そう、ブルーベルに訴えたかったのだ。


「ブルーベルちゃん、何者もあなたという存在を損なうことはできないわ。大地の精霊は……」


 キアラは 少し考えた。


「正しいタイミングをお待ちなさい。大丈夫。何の心配もいらないわ。彼女もあなたに対面できる日を、心待ちにしているでしょう」

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