第44話 湖へ/湖の精霊キアラ
「ひゃぁあああああ!!」
ある朝、離れにブルーベルの悲鳴が響いた。
「ブルーベル様!!」
ミカが大慌てで庭から飛び込んでくるわ、庭で遊んでいた純白のユニコーンも駆け込んでくるわ、大騒ぎになった。
その騒ぎの元になったのは……。
「ごめんなさぁい…………」
しゅん、としてアルヴァロに怒られているのは、アルヴァロと同じ、鮮やかな青い髪をした、キアラ。
アルヴァロの母で、湖の精霊である。
「悪気はなかったのよ。幻獣の森へ行ってきたって聞いたし、どうしたのかなぁって。あら、ちゃんとユニコーンを見つけられたのね、よかったじゃない!! ユニコーンもブルーベルちゃんを気に入っているみたいだし、アルヴァロも安心ね。ユニコーンは優秀な護衛なんだから」
キアラは、離れにある水盤から突然、ブルーベルに呼びかけたのだ。
部屋に誰もいないのに、突然話しかけられたブルーベル。
ブルーベルが絶叫すると、何事かと思ったキアラは、水盤から姿を現した。
それがさらにブルーベルを驚かせるとは知らずに。
今は、ミカにタオルを渡され、体をタオルで拭きながら、にこにこしてブルーベルに笑いかけていた。
「今日はね、ブルーベルちゃんを湖に招待しようと思って」
「母上!? 本当にマイペースですよね!? 我々は幻獣の森へのピクニックに行ってきたばかりですよ!?」
「あら、いいじゃない。今度は湖へのピクニックということで。そうでもしなきゃ、あなた、ブルーベルちゃんをデートにも誘わないらしいじゃない」
アルヴァロは頭を抱えた。
「キアラ様、こんにちは」
ようやく落ち着いたブルーベルが、微笑みながら挨拶をした。
「先日はありがとうございました。見てください、この子、ユニコーンさん、とてもきれいですよね?」
「本当ね〜〜〜」
女性同士できゃっきゃしているのを見て、アルヴァロはため息をついた。
「わかりました……では、湖にブルーベルを連れて行きます」
「ブルーベルちゃんに、風の精霊と水の精霊と火の精霊を紹介しようと思っているから。じゃ、楽しみにしてるわ」
「……最初からそう言ってくださいっ、母上!!」
キアラは現れた時同様、一瞬にして、水盤の中に姿を消した。
ブルーベルがアルヴァロを振り返る。
「アルヴァロ様! 湖に……行くんですか!?」
ブルーベルの瞳が、キラキラと輝いている
その期待に満ちた目には勝てない。
アルヴァロは深く深くうなづいたのだった。
「だが、仕事を調整するから、ちょっと待ってくれ」
かろうじて、そう言うのが精一杯だった。
* * *
キアラが住む湖までは馬車で一時間ほど。
さほど距離があるわけではない。
もちろん、ヴィエント公爵領内にある。
しかし、アルヴァロは念のためにビヨークを連れて来ていた。
魔法騎士団からも、若い騎士が二名、護衛のために来ている。
馬車の中には、ブルーベルとミカがいる。
アルヴァロは、女性だけの方が気楽だろう、と、自分は馬に乗って、馬車に併走していた。
ビヨークも同様である。
「アルヴァロ様、ブルーベル様は、すっかりお元気になられましたね。よく笑っている姿を見ますし、アルタイスの暮らしにも慣れたようです」
ビヨークの言葉に、アルヴァロもうなづいた。
アルヴァロは女嫌いで有名だが、ただ女性をよく知らないだけで、基本は優しいし、面倒見がいいのである。
いくら兄に仕組まれた婚姻とはいえ、実際にブルーベルと接してみれば、この縁組にネガティブな想いはあまり感じていないことに、自分でも驚いていた。
しかし、問題がなくもない。
「最初に政略結婚と割り切って、さっさと手続きを進めてしまえば簡単だったな」
「言いたいことはわかります。様子見をしてしまったせいで、ブルーベル様の心をつかんで、求婚、婚約、それから結婚式かな、という流れになってしまいましたよね。むしろハードルが上がったと言いますか」
ビヨークが遠慮せずに言うと、アルヴァロは「うぐ」と妙な声を出した。
「それに、ブルーベルにかけられた呪いを解いてやりたい」
「……それですよね。その現場にいれば、アルヴァロ様なら、呪いを叩き返してやれるのに、今となっては」
ビヨークは、うんうん、とうなづく。
「呪いに込められた魔力がわかっても、それが誰かわからないですからね……。特に事件はドゥセテラで起こっているし」
「……兄上も、さすがに、ドゥセテラへの潜入は難しそうな顔をしていたな」
アルヴァロとビヨークは、馬車に合わせて、ゆっくりと馬を走らせていた。
「それにしても、だ」
アルヴァロは馬車と併走する、純白のユニコーンを見て、ため息をついた。
いくら精霊王国とはいえ、あれは、普通ではない。
ユニコーンは滅多に見ない幻獣の代表格だ。
「ブルーベルは、ただの少女ではない」
ビヨークもうなづいた。
「……ですね。ブルーベル様の母君は、アルタイス人だったと思いますか?」
「側妃で、ブルーベルが幼い時に死別したということで。私もまだ詳しく聞いたことはないのだが。可能性はあるかもしれないな」
ブルーベルが自然に使っていた、詠唱も魔法陣も使わない、精霊魔法。
動物や精霊達に愛されるブルーベル。
ブルーベルは、彼女にとって、異国の地であるアルタイスで、今、まさに花開こうと、している。
「ブルーベルは、魔法をもっと学ぶ必要があるし、母上はブルーベルに精霊達と契約させようと思っているのだろう。それに、ユニコーンまで付いてきてしまった。私はむしろ思うのだよ。ブルーベルに、自分は、相応しいのだろうか、と。むしろ、アルタイス国王である兄上に相応しい女性ではないかと」
なだらかな草原の向こうに、青く輝く湖が見えてきた。
馬車の速度が落ちて、ゆっくりと、湖に向かって、降りていく。
ビヨークは、茶色と緑色の目に、優しさをまとわせながら、アルヴァロを見た。
「あの仮面を見れば、ブルーベル様には、敵がいるのは明らかです。ブルーベル様を守ってあげられるのは、アルヴァロ様しかいない、そんな風に思いますよ。魔法騎士団長、そしてアルタイス最強の魔法騎士殿」
「……!!」
ビヨークは馬に掛け声をかけ、湖に向かって駆け降りていった。
アルヴァロもその後に続く。
「ブルーベルちゃんっ……よく来たわね、いらっしゃい〜!!」
湖からは、テンションの高い、キアラの声が響いてきた。
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