第42話 小さなお茶会(2)

「お茶にお招きいただいて、ありがとうございます」

「さぁ、どうぞどうぞ。午後のお茶なんて、毎日でもいらしていただいていいんですよ」


 いそいそとしてブルーベルを迎えるローリンに、不機嫌な顔をして、アルヴァロが口を挟んだ。

 

「ローリン、なんでお前がブルーベルに返事をするんだ。ようこそ、ブルーベル」

「ようこそ、ブルーベル様」


 ローリンと並んで、ビヨークもブルーベルに挨拶する。


「アルヴァロ様、お招きありがとうございます。ビヨークさん、今朝はお知らせに来てくださり、ありがとうございます」


 ミカもブルーベルに付き添って来ていて、笑顔で、ビヨークと視線を交わした。


 ブルーベルは周囲を見渡すと、感心したように言った。


「いつ来ても、ここはきれいですよね。噴水を見ながらお茶をするなんて、とても素敵です」


 そう、あれこれ議論したのだが、結局、アルヴァロは庭の噴水を見渡す東屋に、お茶の支度を整えさせたのだった。


 さらさらと流れる水音。

 庭をひらりひらりと飛び回る蝶々や、可愛い小鳥達の姿も見える。


「若、よかったですね。やはり、庭にして正解でしょう? お庭でのお茶会は、今、ご令嬢の間で、トレンド第一位なのですよ。そうだ、ブルーベル様、お茶だけでなく、お食事だって、若と一緒に食堂で取られてはいかがですか? お部屋だって、そろそろ主屋の方に移して」


「ローリン! だ・か・ら、何でお前ばっかりブルーベルに話しかけるんだ!」


 ブルーベルは目をキョロキョロさせて、ローリンとアルヴァロを交互に見ている。


「あの。わたしはもちろん、お食事をご一緒するのは構いません……。でも、アルヴァロ様はお仕事でお忙しいかと。お部屋も、用意してくださるお部屋なら、どこでも気持ちよく過ごせると思いますわ」


「ほら、若!!」

「わかった、わかった、……ブルーベル、さ、こちらへ」


 アルヴァロはローリンを睨みながら、ブルーベルを席へエスコートした。


 ここでようやく、ミカが気を利かせて、ローリンとビヨーク親子を連れて行ってくれたおかげで、アルヴァロはブルーベルと二人きりで、お茶のテーブルに着くことができた。


「ええと……アルタイスの食事にはだいぶ慣れたか?」

「えっ……? はい、お食事はいつも、とても美味しくいただいています……」

「そうか。キッチンで皆が張り切って用意してくれてな、お茶にしてはずいぶんボリュームがあるかもしれないが。食べられるものだけ食べればいい。無理はするな」


 そう言われたブルーベルは、初めて一緒に食事をした時に、ブルーベルが頑張って食べ過ぎてしまったことをアルヴァロが覚えてくれていたのだ、と気がついた。


「これは、各種ベリーのシロップ漬け。カスタードパイに、イチゴのケーキ、サンドイッチは、これは……野菜だな。こっちは、フライドチキンのサンドイッチ。飲み物は、エルダーベリーのソーダ割りと紅茶」


「どれも美味しそうですね」


 ブルーベルは嬉しそうに笑った。


 ブルーベルは、姉王女達が、庭園で豪華なお茶会を開いているのを何回も見かけた。

 会場は可愛らしい装飾を施され、楽しい会話が聞こえ、かちゃかちゃと食器やカトラリーを扱う音が軽やかに響いていたものだった。


 今、自分がこうして、若い男性と二人きりで、庭園でお茶の時間を過ごしているのは、まるで夢のようで、本当のこととは思えないようだった。


 若い男性……。


 背が高くて。無表情で?

 ううん、アルヴァロ様は、とても男らしいお顔をなさっているのだわ。

 それに、こうして黙っていても、全然気づまりではない————。


(わたし……楽しんでいる)


 ブルーベルは、好物なのか無言でフライドチキンのサンドイッチを食べているアルヴァロを見つめた。


(ふふ……アルヴァロ様、夢中で食べていらっしゃるわね。お腹が空いていたのかしら)


 そんなことを考えながら、ブルーベルは無意識にアルヴァロの顔をじっと見つめていたらしい。

 アルヴァロに急に声をかけられたブルーベルは、ひどく驚いてしまった。


「ブルーベル」

「ひゃ、ひゃい」


「? どうした、大丈夫か、ぼうっとして」

「はい、すみません、ちょっと考えごとをしていました……っ」


 ブルーベルでも、さすがに「あなたの顔を見つめていました」とは言えずに、顔を赤くしながらそう答えた。

 アルヴァロはサンドイッチを食べ終わり、指先をきれいにナプキンで拭った。


「この屋敷の奥にある森だが」

「はい」


 アルヴァロは噴水の向こうに見える森を指した。


「幻獣の森、と呼ばれている」

「幻獣……?」


「シカやクマ、といった普通の動物だけでなく、ユニコーンやケンタウロス、フェンリル、コカトリス、ドラゴン、グリフォンとか、伝説と思われているような生物達が暮らしているんだ。まあ、本当に伝説半分だな。ケンタウロスは実際に見た者はいないし」


「はぁ……すごいですね。そんな森が、お屋敷のすぐ裏にあるなんて」

「うん、それでだ。その幻獣の森に、ピクニックに行かないか?」

「はい!?」


「私達と一緒なら、危険はないよ。ブルーベルは、動物が、好きだろう?」

「はい、好き……です」

「ビヨークとミカにも来てもらおう。それにお弁当も頼んでおかないと」


 今も、ブルーベルは足元に寄ってきたウサギの背中を撫でてやっていたのだ。

 ドゥセテラにいた頃から、動物達はブルーベルの近くに寄ってきた。

 しかし、いくらブルーベルでも、幻獣と呼ばれる存在と触れ合ったことは、もちろんない。


「じゃあ、明日行こうか」


 ブルーベルは目を丸くした。

 そしてあっさりと、幻獣の森行きの日程が決まったのだった。

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