第41話 小さなお茶会(1)
その日、ブルーベルの暮らす離れに、少々緊張した様子の男性がやって来た。
「こんにちは、ブルーベル様」
白い髪を背中でまとめ、茶色い右目と緑色の左目が印象的な、公爵家の若き家令兼アルヴァロの補佐官であるビヨークだった。
「ビヨークさん、こんにちは」
ブルーベルがお茶のテーブルから明るく挨拶を返す。
お茶のテーブルには、おっとりと上品なラースキン伯爵夫人も同席していて、二人の前には、刺繍の道具や絵本、詩の本などが重ねてあった。
「ちょうどお茶を飲んでいるところなのです。ビヨークさんも、ご一緒にいかがですか?」
「ありがとうございます、ブルーベル様。ラースキン伯爵夫人、ご機嫌よう」
ラースキン伯爵夫人もにこやかに挨拶を返した。
ミカはすぐ、ビヨークのための茶碗を持ってきて、お茶を入れてくれた。
「ブルーベル様、今日は刺繍をしていらしたのですか?」
「はい! ラースキン伯爵夫人に、基礎から教えていただいています」
「ふふ、それとおしゃべりですね。女性同士の情報交換も大事ですから」
ラースキン伯爵夫人も楽しそうに笑う。
「この本は、アルヴァロ様がお贈りになったものですね?」
机に載せられた絵本に気づいたビヨークに、そう尋ねられて、ブルーベルは嬉しそうにうなづいた。
「そうです。精霊の物語が描かれていて、とても素敵なんですよ」
「それはよかった。アルヴァロ様も、喜ぶでしょう」
ブルーベルのアルタイスでの暮らしは、日に日に充実していた。
ブルーベルの話し相手兼家庭教師のラースキン伯爵夫人は週に三回ほど訪れて、その時々によって、勉強を教えたり、一緒に本を読んだり。刺繍をしたり。
今は、何か楽器のレッスンを始めるか、相談中らしい。
デザイナーのアネカは、ブルーベルの普段着は全て仕上げて、納品済み。
さらに、お茶会用のドレスや外出着などを今作っているという。
(外出着、ということは、ブルーベル様を連れて、お出かけになることも考えているのかな、アルヴァロ様は)
こうした情報は、ブルーベル付きの侍女、ミカから取得済みだ。
加えて、魔法騎士団のベビーフェイス、ミュシャによる魔法のレッスンもブルーベルはこなしているらしい。
なんだかんだと忙しそうである。
それはいいことなのだが、肝心の、アルヴァロとの関係は進んでいるのかどうなのか。
見た目どおりなら、あまり変化はない、というところだが————。
(いや待て。ブルーベル様はもう大奥様と会っているから、それはよし、と)
大奥様とは、アルヴァロとテオドールの母、湖の精霊である、キアラのことだ。
(よし、そうとなれば、今日の目的を果たさなければ)
ビヨークは、こほん、と軽く咳をした。
「ブルーベル様、実は今日の午後ですね、アルヴァロ様がブルーベル様をぜひ、お茶にお招きしたいとおっしゃってまして」
ビヨークの言葉を聞いた途端、女性達が色めきたった。
「まあ、ブルーベル様!」
「それはちょうどいいタイミングですわ。ね、ブルーベル様」
ミカとラースキン伯爵夫人のテンションがなぜか、高かったが、ビヨークはあまり気にせず、ブルーベルを見た。
ブルーベルは顔を赤くしているが、嫌そうには見えない。
「はい、承知しました。アルヴァロ様にお伺いしますとお伝えください」
ブルーベルの返事に満足したビヨークは、早々に離れを出た。
背後では、女性達の、「さあ、何を着ていくか、決めなければ!」「ブルーベル様、例のものをお渡しするチャンスですわよ!」という興奮した声が聞こえてきたのだった。
* * *
「サロンでいいのではないか?」
「若、流行というものがございます。しかも、お二人だけの親密なお茶会でございますから、色々工夫をしませんと……! 若いご令嬢というものは、手の込んだおもてなしを喜ばれると聞きますぞ」
ビヨークが主屋に戻ってくると、こちらでは男性二人のああでもない、こうでもない、と議論する声が聞こえてきた。
(アルヴァロ様と父上ではないか)
若いご令嬢の好みについて話し合うのに、これほど当てにならない二人もいないだろう、と思いつつ。
ビヨークは苦笑して、ノックをして部屋に入った。
「ブルーベル様にお茶会をお知らせしてきました。喜んでいらっしゃいましたよ」
そう報告すると、すかさず、老家令ローリンの「ほら、ご覧なさい!」という勝ち誇った声が響いた。
「若の必死の贈り物攻撃で、ブルーベル様も少しずつ、若に心を開かれているのです。このお茶会でもう一押しして、婚約のお話へ」
アルヴァロは苦笑した。
必死の贈り物攻撃、とはひどい言われようなのだが、反論できなかった。
「そんなに張り切らないでくれ。理由はわからないのだが、母が、ブルーベルを連れて、幻獣の森へ行ってこいと。それでピクニックに行くという名目で出かける説明をしようと……」
「なんですって!?」
「なんと、幻獣の森へ!?」
ローリンとビヨークの声が、図らずもハモって、今度は部屋中に響いたのだった……。
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