第40話 失われた少女(2)
「お、奥様!! 旦那様!! お嬢様の足の裏に、こんなものが……!!」
いち早く反応したウォーレン公爵は、リネットの足の裏に、まるでバラのとげのようなものを見つけた。
「公爵、触らないでください」
テオドールが低い声で言った。
「まさか、こんなことが。魔法騎士団長を呼べ! 今すぐだ!!」
たちまち、蜂の巣を突くような騒ぎで包まれた聖堂内で、アルヴァロはリネットの足の裏から伝わる魔力が、この部屋の誰かにつながっているのに気づいた。
すらり、と剣を抜く。
近くにいた女性がそれを見て、悲鳴を上げた。
アルヴァロが剣を抜いているのに気づいた人々が、一斉に脇へ避ける。
アルヴァロは剣に魔力をまとわせた。
青い光が剣先に宿る。
その剣をリネットの足元に向け、アルヴァロは剣先で、その魔力をたどった。
ゆっくりと動くアルヴァロの剣に、一同は声を失って、誰もが立ち尽くしていた。
アルヴァロの剣が、壁際に控える、一人の侍女を指した。
「アル、まさか」
テオドールがゆっくりと近づいてくる。
アルヴァロの剣を見つめながら、侍女がガタガタと震え始める。
アルヴァロは感情のない目で侍女を見ると、ゆっくりと唇が動いた。
頭の中を占めるのは、憎しみ。
リネットから無慈悲に命を奪ったことに対する怒り。
「邪なものよ。やって来たところに……」
アルヴァロの声が途切れた。
次の瞬間、ばたり、とアルヴァロが床の上に倒れた。
「衛兵、その女を拘束しろ!」
聖堂に現れたのは、当時の魔法騎士団長オライリーだった。
彼の背後から衛兵が飛び出し、瞬く間に侍女を拘束した。
オライリーはアルヴァロの剣を取ると、鞘に収めた。
「アルヴァロ、すまないな。このまま犯人を死なせるわけにはいかない。背後にいる人物をあぶり出さなければならないからな」
「王太子殿下、安全のため、王宮に一旦お戻りください。アルヴァロ殿下も連れて行きましょう」
* * *
リネット殺害の実行犯は、リネット付きの侍女。
しかし、侍女に手段を指示し、実行を依頼したのは、別の貴族女性だった。
王太子の婚約者であるリネットを殺害し、新たな婚約者候補として名乗りを上げる。
たったそれだけのために、リネットは殺された。
呪いを込めた植物のトゲを、足の裏に受けて。
「アルヴァロ王子殿下、あなたはあの時、何をしようとしたのです?」
騎士団の取調室で、アルヴァロは上司である騎士団長オライリーによる取り調べを受けていた。
「わからない。リネットの足から感じた魔力が、あの女につながっていた。私は、あの女がリネットを殺したことを許せなかった。それで、あの呪いを————」
オライリーが言葉を続けた。
「あの呪いを、返してやろうと思ったのですね? でもいいですか、たとえあなたがそれに成功したとしても、ウォーレン公爵令嬢は生き返ることはありません。そして、あの呪いを返されたら、あの侍女は死んでいました。その意味は、わかりますね?」
「……私は、あの女を殺したかもしれなかった」
アルヴァロは投げやりな気持ちになりながら、答えた。
「アルヴァロ殿下、あなたは水の精霊と風の精霊と契約していますね? それに、氷の魔法を使えると聞きました」
「ああ。だが、それは公式に記録されている。誰もが知っていることだ」
「アルヴァロ殿下、よく聞いてください。それに加えて、あなたにはある特殊能力があると思われます」
「特殊、能力……?」
「もしあなたがその力を磨いたなら、国の大きな力になるでしょう。あなたは近い将来、魔法騎士団を率いる存在になります」
「一体、何を言って……」
「あなたは、自分はダメージを受けることなく、受けた魔法を相手にそっくり返すことができます。訓練して、使いこなせたら、あなたはアルタイスの最強魔法騎士になるでしょう」
「!?」
オライリーは立ち上がった。
「アルヴァロ・アルタイス・ヴィエントに処分を言い渡す。辺境に赴き、国境線での三ヶ月の訓練を受けよ。あそこの辺境伯は、あなた同様、魔法を無効化する特殊能力の持ち主だ。しっかり、鍛えられてください」
「ちょ……団長!? 待ってください!! 団長!!」
* * *
そうして、三ヶ月どころか数年が過ぎて。
辺境から王都に戻ってきたアルヴァロは、引退を決めた魔法騎士団長オライリーの後を引き継いで、新しい団長となった。
さらに数年後。
国王らしい貫禄を身につけたテオドールは、アルヴァロを呼び出す。
「アル、君に縁談を用意した。お相手はね」
テオドールは机の中をごそごそと漁って、大量の紙の中から一枚の姿絵を取り出す。
「ドゥセテラ王国第四王女、ブルーベル姫だ。ほら、肖像画はこれ。可愛いお嬢さんだろう?」
「お断りします」
「ダメ」
「ダメ!?」
兄と弟が見つめ合う。
「アル、結婚しなさい」
「兄上、あなたこそ独身じゃありませんか! 人のことではなく、自分のことを心配したらどうなんです!? それに、ドゥセテラといえば、見目麗しい王女を近隣国の王族と結婚させる、王女ビジネスをしているので有名な国だ。そんな国の王女なんて、とんでもな……」
「彼女は、他の女性達とは違うよ」
テオドールは、淡々と、まるで事実を指摘するだけだ、というように言った。
「気になるなら、見に行っても、いいんだよ? ちょうど、私もビヨークに調査を依頼しようと思っていたんだ。君もついていけばいいじゃない」
「兄上!?」
テオドールは、じっとアルヴァロを見つめる。
「……邪悪な魔法の気配を感じるんだ。アル、君ならわかるだろう? 私は、女性が利己的な理由で、魔法によって傷つけられるのは許せないんだ。君はどう?」
アルヴァロは言葉を失った。
深いため息をついて、ばっと王女の肖像画を奪い取る。
「もしドゥセテラに行くなら、姿は見せないでね。ビヨークにも、変身するように言っておいて」
アルヴァロは返事をしなかった。
バタン!! と力任せにドアが閉まる。
……その時の、ドアが閉まる音が、まだ響いているようだった。
一瞬、幻のように響く、その音に、テオドールは耳を傾ける。
それからテオドールは窓辺に行き、美しく手入れされた庭園を見下ろした。
あれから何年経ったことだろう。
リネットを失ってから。
テオドールは目を閉じた。
何年経っても。
リネットのことを想うと、今でも、胸が痛い。
「この判断が正しいといいのだが。リネット、見守っていておくれ」
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