第39話 失われた少女(1)
「母上から聞いたよ」
王城の執務室で、テオドールがアルヴァロに言った。
「意外なことに、順調なんだって?」
「何のことです」
アルヴァロの返事は、相変わらずそっけなかった。
しかし、キアラからの情報を握っているテオドールは、余裕を見せている。
「毎日、贈り物をしているんだってねえ。テーブルの上に山になって積み上がるくらいだって聞いたよ? あの本、役に立った? 『令嬢の心をクギ付けにする毎日の贈り物のアイデア365!! 質問に答えるだけで、最適なアイテムを見つけられるマジックチャート付き!』。それで、君はいつブルーベル姫を私に会わせてくれるの?」
「まだだめだ」
「うわ〜、ケチだね!! まあ、一回、覗きには行ったけど……」
ぶつぶつ言いながら、テオドールは少し方向を変えることにした。
「ブルーベル姫は、どんな感じの子なの?」
さぞかし、ブルーベルを褒めちぎって、惚気るだろう、とテオドールは思ったのだ。
なので、返ってきた答えに、テオドールは逆に胸を突かれることになった。
「彼女は、少し、リネットに似ている」
アルヴァロはそう、苦しそうに言ったのだった。
* * *
リネット・エリザベス・ウォーレン公爵令嬢。
王家の血筋を引く、古い公爵家の令嬢は、ミルクティ色の巻毛と、緑色の瞳をした、愛らしい少女だった。
幼い頃に王太子テオドールの婚約者に定められたが、そもそもリネットはテオドールとアルヴァロの幼なじみとして育っていた。
公爵令嬢らしからぬ、気さくで、明るくて、おてんばな少女だったリネット。
アルヴァロが思い出すのは、いつもリネットの笑顔だった。
子どもの頃から大人びていたテオドールは、リネットを小さなレディとして扱い、リネットもまた、まんざらではなさそうだった。
テオドールが優しくリネットに呼びかけると、心なしか、頬をピンク色にして、微笑んだものだった。
「リネット嬢、一緒にお茶をいかがですか?」
「テオドール王子殿下、喜んでご一緒させていただきます」
「……弟のアルヴァロがご一緒しても……?」
「もちろん、構いませんわ」
一方、無口で人見知りなのにやんちゃ、ちょっと扱いにくい子どもだったアルヴァロにも、リネットは分け隔てすることなく接し、そんなリネットに、アルヴァロもまた、少しずつ心を開いていく。
テオドールとアルヴァロは、リネットのことが大好きだったのだ。
テオドールとリネットの正式な婚約式は、リネットが十四歳の時だった。
アルヴァロは十三歳だった。
「アル、いいのか?」
十八歳になったテオドールは、王太子らしい、立派な礼装姿を披露し、両親を涙ぐませていた。
弟のアルヴァロの目から見ても、将来の国王に相応しい、そう思えた。
「いい、って。何を? 兄上は何も心配する必要はない」
「アル、私は知っているんだ。君がリネットのことを……」
アルヴァロは首を振った。
「リネットは、最初から、私の義姉上になる運命だった。私は何も不満はない。リネットと兄上は似合いの夫婦になるだろう。それに私は————王国魔法騎士団に入りたい」
「何だって!?」
テオドールの驚きに、アルヴァロは肩をすくめた。
「実は、父上にも、母上にも、了承をもらっているんだ。私は魔法の力が有り余っているから、むしろ魔法騎士団で力を発揮してくれればありがたい、と言われた。王城をもう壊すなと。それに、父上からは、私が成人したら、公爵位を与えると言われている。つまり、私は王城を出て、一人立ちする」
「アル! 君ってやつは、何で今まで何も言わなかったんだ……!!」
兄の慌て顔に、アルヴァロは、ようやく心からの笑顔を浮かべた。
これで、大丈夫。
アルヴァロはそう思ったのに。
王国魔法騎士団に入っていたアルヴァロは十八歳の成人を迎えると、王城に戻り、父王から公爵位を賜った。
父であるアルタイス国王が急病で崩御したのは、それからわずか半年後のことだった。
王太子テオドールは二十三歳、国王への即位の準備を行う。
そんな中、王宮にもたらされたのは、リネット・エリザベス・ウォーレン公爵令嬢の急死の知らせだった。
* * *
「リネット!!」
いつも冷静なテオドールが動転した様子を見せる中、騎士団から急いで戻ってきたアルヴァロは、テオドールに付き添って、ウォーレン公爵邸を訪れた。
それはアルヴァロにとって、久しぶりの兄との再会だった。
しんと静まり返る邸内、リネットの棺が安置された礼拝室の中は、人々のすすり泣く声で溢れていた。
「王太子殿下、申し訳ございません……!」
テオドールの前に、ウォーレン公爵が膝をつく。
「リネットを守ることができず……お詫びの言葉もありませぬ……っ!!」
ウォーレン公爵は、そのまま、床に崩れ、号泣した。
リネットは王太子の婚約者とはいえ、わずか十九歳。
この年で死を迎えるなんて、どんなに恐ろしかっただろう……。
棺の中では、リネットはあの柔らかなミルクティ色の巻毛を顔の周りにふわふわとさせて、まるで眠っているように見えた。
「公爵、一体、何が、リネットに起こったんですか?」
「それが……」
テオドールが、必死に内心の動揺をこらえて、ウォーレン公爵に寄り添い、話を聞こうとした時だった。
アルヴァロは、何かの気配を感じた。
ぴくり、と頭を上げ、周囲をうかがう。
「アル?」
その様子に、テオドールもまた、異変を感じたらしい。
しかし、アルヴァロは答えることができない。
まるで何かに引き寄せられるようにして、リネットの棺へと向かっていく。
(何かが、おかしい)
アルヴァロはリネットの棺から漂う気配を感じた。
棺ごしにアルヴァロは自分の感覚に集中する。
礼拝堂の中は、アルヴァロのただならぬ気配に、しん……と静まりかえっていた。
アルヴァロはそっと手を伸ばし、リネットの体の上の空気を撫でるように動かす。
リネットの右足の裏に、引っかかるものを感じた。
「兄上、リネットの足の裏を見てほしい。そこに誰かの魔力を感じる」
アルヴァロの言葉に、周囲がざわめく。
テオドールはためらいがちに、ウォーレン公爵を見た。
公爵は了解を込めてうなづいた。
「どなたか。女性の方、リネット嬢の右足の裏を見せていただけませんか」
テオドールの言葉に、公爵夫人が即座に動いた。
控えていた侍女に、確認するように命ずる。
すると。
「お、奥様!! 旦那様!! お嬢様の足の裏に、こんなものが……!!」
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