第34話 王女を待ちかねていた人々/母と二人の息子達

「……ということでですね、そろそろ我が国の国境線にかけられている結界を見直し、アップデートするところはして、新たに結界を張り直す必要があるのではないかと」

「ふむ、結界もそうですが、対外的な戦略も再考が必要な部分があるのでは?」


「皆さん、魔法を信用していないカラスカス帝国皇帝が、ドゥセテラ王国の第一王女を娶ったのはご存知でしょう? あの第一王女は、かなりの闇魔法の使い手と聞きます」

「ええ、何か方針を転換したのでしょうか? 魔法を取り入れていくことにしたのかも」


「そうだ、ドゥセテラといえば、ヴィエント騎士団長は第四王女を……」


 活発に意見を交わしていた大臣達の目が、一斉に上座に向かった。


 会議室の長テーブルにずらりと並んだ、アルタイスの重鎮達。

 その中に、鮮やかな青い髪を長く伸ばし、ヘイゼルの瞳をしたアルヴァロがいた。


 年配の男性が多い中、アルヴァロは圧倒的に若い。


 カタン。

 軽く椅子の音をさせて、アルヴァロが立ち上がった。


 相変わらずの無表情な顔をして、空中に指先で次々に何かを描いていく。


 空中に、アルタイスを中心とした地図が現れる。

 銀色にきらりと光るのは、結界の線のようだ。


「結界を張り直すのは問題ない。古い結界は解除せず、新しい結界を重ねる。その後に、古い結界を取り除く。対外的な戦略は、国王陛下も交えて、具体的に練った方がよかろう。魔法騎士団としても、国土防衛の戦術に沿って、定期的な演習が必要と考える。帝国の脅威は増している。我が国も物理的に紛争が起こる事態を想定すべきだ」


 淀みない発言に、思わず、ほお……! という感嘆の声が上がった。

 会議は順調に進み、定刻で終了となった。


 アルヴァロが騎士団長を務める、王国魔法騎士団は、王城の敷地内にあった。

 会議室を出て、そのまま騎士団に向かおうとしたところで、アルヴァロはビヨークに捕まった。


「アルヴァロ様、申し訳ありませんが、国王陛下がお待ちです」


 * * *


「アル、何かわかったのか? 早く説明してくれないかな?」

「まぁ、アル、呼んでくれるのが遅いわ! わたし、あなたにお嫁さんが来たなんて、知らなかったのよ?」


 ビヨークに連れられてアルヴァロは兄である国王のテオドールの執務室に連れていかれた。


 そこで待っていたのは、相変わらずほんわかとした雰囲気を出しているものの、油断のならないテオドールと、腰まで豊かに流れる、鮮やかな青い髪をした妙齢の美女だった。


 アルヴァロは無言で、テオドールに向き直った。


「兄上。なぜここにこの人がいるのです?」


 その言葉を聞いて、妙齢の美女がぷんすかと怒り出す。


「んまあ! この人って、その言い方! お母様って呼んでちょうだいよ」

「キアラさん」

「お・母・様っ!!」

「…………仕方あるまい。では、母上」


 まるで少女のようにぷう、と膨れる女性。

 テオドールが、まあまあ、となだめる。


 アルヴァロはうさんくさそうに、母親……そう、確かにこの青髪の女性は、アルヴァロとテオドールの母だった……を見た。


「あなた、まさかブルーベルをスパイしていたんじゃないでしょうね? あの離れは、あなたが使っていた名残で、部屋の中に水盤がありましたね。噴水も近いし」


 アルヴァロがそう言うと、母はわざとらしくそっぽを向いた。


(子どもか。本当に、この人は……しかし、恐ろしいことに、テオの性格は、この人譲りなんだよな)


「あなたの外見は、わたし譲りだけどね?」

「勝手に心を読まないでくれますか?」

「言っておくけど、わたしは男顔ではないからね」


「まあまあ、二人とも。確かにアルは母上によく似ていますよ。その瞳を除いてね」

「うふふ。アルの瞳は、パパそっくりだわぁ。……パパにもう一度会いたい……」


 ふう、とため息をつくと、母はアルヴァロを見つめた。


「困った時には、手伝ってくれ、って言いなさいよ。わたしでも多少は役に立つんだから」


「まあまあ、母上、アル、積もる話はあるでしょうが、どうぞ席に着いて。それで、ブルーベル王女について新しくわかったことはあるのかな?」


 アルヴァロは諦めて、先日、魔法騎士団の騎士、ミュシャにブルーベルを診てもらったことを説明しだした。


「ミュシャはご承知の通り、若いですが、とても優秀な魔法騎士で。精霊魔法はもとより、ドゥセテラで使われている魔法にも通じており、かなり強力な闇魔法を使うことができます。彼曰く、ブルーベルにかけられたのは、呪術だろうと。なので、光魔法で癒しても、術者を特定して、かけられた呪いを解かない限り、キリがないという話でした」


「ふむ。それなら、アル、お前の出番じゃないか。お前の力を使えば……」

「術者が目の前にいれば、使えるのですが。今の状態では、反撃する相手がいません」

「まず、術者を突き止めないといけない、ということね?」

「おっしゃる通りです」


 室内がしんとした。


「魔力をたどるということか」


 アルヴァロはうなづいた。


「そうですね。可能かとは思いますが、相手はおそらくドゥセテラにいるでしょう。ドゥセテラに潜入して調べるのが一番早い」

「ふむ……それはすぐに決断できないな。じゃあ、あの銀の仮面の方は」


 キアラがうなづいた。


「あれはね、精霊の贈り物よ」


 キアラとテオドールはチラリとアルヴァロを見たが、アルヴァロの方は、冷静だった。


「驚かないの?」


 尋ねられて、アルヴァロはうなづく。


「ビヨークについて行って、ドゥセテラの離宮で、ブルーベルを見たのですよ。その時、本人は気がついていませんでしたが、彼女は庭で、いつも精霊に囲まれてましたから。本人はホタルだと思っていますが」


「気がついていたか」


 テオドールが苦笑した。


「それにしても、わざわざドゥセテラに見に行ってたのは、知らなかったな。どうしてそんなに興味が出たんだい?」


 アルヴァロは一瞬、眉を寄せた。


「もちろん、結婚なんてしたくなかったし、有名なドゥセテラの四王女の一人なんて、なおさら嫌でした。でも、兄上がはっきりと彼女と結婚しろ、と言うからには、何かあるのだろうと思っただけです」


 アルヴァロはテオドールを見た。


「……あんな経験をした兄上が、意味なく女性を薦めるとは思えない」


 沈黙が流れた。

 しかし、その沈黙は決して、気詰まりなものではなかった。

 むしろ、信頼と尊重が感じられるような、そんな静けさだったのだ。


「ねえ、アル」


 優しいキアラの声がした。


「あなたは、怖がらずに、ブルーベルちゃんと話してみなさい。あの子もあなたと話したいと思っているでしょう。そして、仲良くなったら、湖に連れてきなさい。いいこと? ブルーベルちゃんは、魔法の訓練をしないといけないわ。あなたにもいずれわかる。あの子が使っているのは、ただの土魔法じゃないの。でもドゥセテラ人にはそれがわからない。あの子は何も教えられていないの。だから、あなた方が教えてあげないといけない」


 そう言うと、キアラは執務室の隅に置かれていた、小さな水盤へ向かっていった。

 細い指先を水につける。


「テオ、アル、いつでも必要な時には、わたしを呼びなさい」


 そして、キアラの姿は、まるで水に溶けるようにして、一瞬で消えた。

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