第33話 不思議な贈り物(3)

 ブルーベルが、窓際のテーブルの上に、赤いグラデーションのお花の鉢と青いリボンがかけられた箱を置いた後。


 毎日、玄関脇のガーデンテーブルに何かが届くようになった。


 ある時は咲いたばかりのお花がきれいに花束になって。

 ある時はお菓子を詰めた箱、あるいは新しい本だったり。


 帽子の箱くらいの大きさの箱が置いてあった時には、ブルーベルが箱を開けると、レースで縁取られたハンカチが一ダース、お茶会など、昼用の扇子、それにていねいにビーズを縫いつけた、これもまた、昼用の小さなバッグが入っていた。


 その次の日には、細長い箱が置いてあり、中身は、缶に詰められた、三種類の紅茶の茶葉だった。

 ラズベリー、バニラ、ベルガモットと、それぞれに異なる香りが付けられた、女性好みの紅茶である。


 ミカが「これはブルーベル様宛ですよ」と言うので、ブルーベルは一旦は箱を開けて中身を見るのだが、なぜか元通りに箱をきちんと閉めて、窓際のテーブルに持っていく。


 おかげで、テーブルの上には、日を追うごとにさまざまな大きさの箱が積み重なっていくのだった。


「ブルーベル様……?」


 その様子を、ミカが不思議そうに見守っている。


「あの、差し出がましいとは思いますが、なぜ、箱をここに重ねているのですか? お気に召しませんか? もしそうなら、遠慮せず、お返しすることもでき……」


「いいえ! どれもすごく素敵だわ。わたし、今まで、こんな贈り物をいただいたことなんてないの。でもその、もし、万が一、間違いだったら」

「間違い?」


 ミカは思わずオウム返しをしてしまった。


「ま、間違いとおっしゃいますと?」

「もし、他の方宛に届いたものなら、後でお返ししなくちゃ、いけないわね? なので、ここに置いておくのよ。だって、わたしにはどなたかから贈り物をいただく心当たりがないんですもの……」


 ブルーベルの説明を聞いたミカは、テーブルに突っ伏してしまいそうになった。


 思わず天井を仰ぐ。


(…………アルヴァロ様、全然、通じていませんよっ…………!!)


 ミカはブルーベルにわからないように、大きなため息を、ついた。

 これは、改めてご報告をしなければならない。


 ミカは、すっかり、この女主人が気に入っていた。

 ブルーベルは美しくて、優しくて、とても飾り気がない。


 一方で、あまりにも世間を知らないので、胸が苦しくなることがあるくらいだ。

 ドゥセテラの宮殿で、一体、どんな暮らしをしていたのか。


 ブルーベルの願いを聞いて、アルヴァロは彼女の話し相手兼家庭教師の女性も選んでくれた。

 ラースキン伯爵夫人は気さくで、穏やか。知識もマナーも申し分のない、ブルーベルにぴったりの女性だった。

 ブルーベルも伯爵夫人との時間を楽しみにしている。


 アルヴァロなりに、ブルーベルに気を遣い、彼女が快適に過ごせるようにと思っているのは確かだ。


 しかし。


 ミカは、今日ガーデンテーブルの上に置かれていたカードをぐっ、と握りしめた。


『離れでの生活を賑やかにする、可愛い犬か猫でもいかがですか?』


 そう書かれていたのだが、ブルーベルは、ゆるゆると首を振った。


「わたしは今まで、ペットを飼ったことがないの。お世話の仕方がわからないから、これはご遠慮するわ」


 そうブルーベルは言ったのだった。


「……ブルーベル様、ペットのお世話は、私がいたしますよ?」

「ありがとうミカ、でも、ペットには責任が伴うわ。今のわたしにはまだ無理だと思うの」


 そう言われれば、ミカも引き下がるしかなかった。


(アルヴァロ様は、ただ、ブルーベル様に笑ったり、楽しんでほしいだけだと思うんですけど……っ!)


 悶えるミカだった。


 そして。


「……こんなところで、何をしているんですか? 覗きですか?」


 ひんやりとした声を背後から掛けられて、アルヴァロはびくん、と体を震わせた。


 アルヴァロは庭の茂みに姿を隠そうとしていた。

 しかし、主屋側からは、丸見えである。


 若い家令のビヨークが、アルヴァロの視線をたどる。


 すると、離れのドアが開いて、ブルーベルが出てきた。

 玄関脇のガーデンテーブルの上に、小さな箱を見つける。


 ブルーベルは箱を持ち上げ、しばらく見つめていたが、やがて「ミカ」と呼びかけながら、屋内に入っていった。


「なるほど」


 ビヨークが左右異なる色をした目で、じろりとアルヴァロを見る。


「直接渡せばいいのに。あなたの奥様になるのでしょう?」


 ビヨークがそう言えば、額にピキ! と深いシワを刻んで、アルヴァロは怒りながら離れを後にするのだった。


「え? アルはこっそり贈り物をしてるの? 自分の奥さんになる人に?」


 背後の茂みがガサガサと音を立てて、金髪に青い目をした男が姿を現す。

 なんと、アルタイスの国王、アルヴァロの兄であるテオドールだった。

 テオドールは深い深いため息をついた。


「アルには、姫君本人に会わせちゃうのが一番いいと思ったんだけど。思わぬ方向になってしまったみたいだね。なんだかややこしいなあ。さっさと結婚式を挙げさせるべきだったか……」


 しかしブルーベルはそんな騒動が起こっていたことを知らない。

 届いた贈り物は、相変わらずテーブルの上に綺麗に重ねていたのだった。


 今まで、ブルーベルは、贈り物、というものをもらったことがなかった。

 もしかしたら、後で返してくれ、と言われるかもしれないから。


 ブルーベルは無意識に、贈り物を積み上げて、そしてその小山を見て、時折嬉しそうに微笑む。

 しかし、決して手をつけようとはしないのだった。


 ブルーベルが贈り物を喜んではいること、ただ、それが自分に届いたものだと信じられないことがわかったミカは、それ以上何も言えなかった。


 ただ、思うのだ。


(本当にもう……贈り主の名前くらい残しなさいよ、アルヴァロ様はほんと、ヘタレなんだからっ……!)

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