第32話 不思議な贈り物(2)

 アルヴァロに話をしに行ったミカは、すぐ帰ってきた。


「もう少ししたら、来てくださいます。さ、ブルーベル様、ミュシャ様、お茶をご用意しますから、離れへ戻りましょうか」


 アルヴァロはそれから二十分ほどでやって来た。

 どこか緊張した表情で離れにやって来ると、ミュシャの隣に腰掛けた。


「団長、お忙しい中、ありがとうございます」

「いや。私が頼んだことだからな」


 ブルーベルやミカに対する気ままな態度とは一転して、ミュシャは騎士らしくきちんとアルヴァロに挨拶をした。

 アルヴァロはそっけなく答えたが、緊張した表情は変わらない。


「団長も実際にブルーベル様に触れれば、わかるかと思いますが、これはただのケガではありません。呪術がかけられています」

「やはりそうか」


 アルヴァロはうなづいた。


「呪術、ですか?」


 一方、ブルーベルは困惑した様子を隠さない。


 ん……と、とミュシャはちょっと考えをまとめるような様子を見せてから、ブルーベルに説明を始めた。


「ブルーベル様、呪術は、闇魔法の属性を持った者が扱うことができます。魔法陣と詠唱を用い、術者の差し出す魔力と引き換えに、術者の希望する結果を他者にもたらします。他の属性と違い、直接的に他者に術式の影響を与えるので、心理的にもハードルが高い。かなりの闇魔法の適性がないと、呪術を使うことはできません」


 ミュシャはブルーベルを見ながら、慎重に話を進める。


「それで、今回のケースについて言うと、目的は、顔に傷を刻むこと。癒しの光魔法で、傷に働きかけることはできますが、かけられた呪術そのものを払わない限り、呪術の影響は残り続けます」

 アルヴァロはうなづいた。


「術者を突き止めないと、根本的な解決にはならない、ということだな。かけられた呪術を払わない限り、光魔法で癒そうとしても、きりがない」


 アルヴァロはミュシャを見る。


「お前の考えはどうだ? どうやって、術者を突き止める?」


「呪術で受けた傷には、術者の魔力が残ります。その魔力をたどれば、術者を突き止めることも可能です。魔力には、それぞれの特徴が出ますからね。魔力に触れれば、その魔力が、ブルーベル様の傷に残る魔術と同じかどうか、すぐわかります」


「私も同意見だな。問題は……」


 アルヴァロが思わしげな表情で、ブルーベルを見やった。


「私の知る限り、この魔力と同じ質の魔力に触れたことがない。ブルーベルがこの傷を負ったのは、ドゥセテラにいる時だ。普通に考えれば、術者はドゥセテラにいる者の可能性が高い。アルタイスでは人々は精霊魔法を使う。闇魔法を使える者は、かなり限られてもくる」


 闇魔法。

 ブルーベルはその言葉に、かすかに体を震わせた。


 ブルーベルは、闇魔法を使う人間を知っていた。しかも、彼女に近いところに、その人はいた。

 しかし……その人は、ブルーベルを故意に傷つけたりするだろうか?


「そうなると、残念ながら、今は打つ手がない」


 アルヴァロが低い声で呟いた。

 その言葉に、ブルーベルの心もまた、沈んでいく。


(もしかしたら、と思ったけれど……やはり、簡単には、いかないのだわ)


 ブルーベルはそう思う。


「じゃあ、この銀の仮面はどうなのでしょうか?」


 ブルーベルと一緒に、そこまで聞いていたミカが質問した。

 確かに、それはブルーベルも気になるところだった。


 しかし……。

 ミュシャは、ふ、と視線を逸らしてしまった。


「ん……ごめんね。それはまだ、僕でも明言はしたくないんだ」


 ブルーベルとミカが目を合わせた。


「そんな」

「ブルーベル」


 アルヴァロが、まっすぐにブルーベルを見た。

 いつもと同じ無表情な顔だったが、ブルーベル、と言ったその声に、かすかな労りが感じられたのは、気のせいだろうか?


「仮面が気になるのは、わかる。当然のことだ。仮面についても、引き続きこちらで調べるよ。だから今はちょっと待ってくれないか?」


 アルヴァロが言う。

 ミュシャもうなづいた。


「うん。仮面はね、理由があって、付いているんだ。だから、今は心配しないでいてほしい」


「…………」


 ブルーベルは、黙ってうつむいたままだった。

 その場にいる誰もが、ブルーベルの気持ちがわかっていた。

 たとえ理由がある、と言われても、ブルーベルはその仮面が顔に付いていなかったらどんなにいいだろう、と思っているのだ。


「ブルーベル」


 アルヴァロに話しかけられて、ブルーベルはゆっくりと顔を上げた。


「ブルーベル、私は、あなたの顔の仮面を気にしていない。今ここにいる人間は皆、気にしていない。屋敷の人間もだ。ローリンとビヨーク父子もだ。他の使用人も同じ。だから、ブルーベル、あなた自身も気にするな」


 ブルーベルの目に涙がにじむ。


「で……も」


「気にするな、という方が無理なのは、承知している。それでも……その仮面のことは、今は、あまり考えないでほしい、と私は思う。少しでも、やってみてくれないか? アルタイスには、いろいろな顔の人間……いや、存在がいるんだ。いずれ、あなたにもわかるだろう」


 アルヴァロは立ち上がった。


「……心配するな」


 アルヴァロが屋敷に戻るのを見て、ミュシャも名残惜しそうにしながら、立ち上がった。


「ブルーベルちゃん、ミカちゃん、またね。今日はこれで帰ります」

「ミュシャ様、ありがとうございました」


 ブルーベルは慌ててお礼を言い、ミカについて玄関まで行き、ミュシャを見送った。

 その時。


 玄関ドア脇に置いてある、ガーデンテーブルとチェアのセット。

 古いアイアン製の、そのテーブルの上に、小さな箱が置かれているのに気がついた。


「いつの間に……」


 四角くて、薄い四角形の箱で、鮮やかな青いリボンがかけられていた。


「ミカ? これは何かしら……」


 ブルーベルがミカを呼ぶと、ミカはその箱をブルーベルにそっと渡して、優しく言った。


「ブルーベル様、これは、あなたに届いた贈り物だと思いますよ」

「わたしに?」


 * * *


 再び、静かな夜がやって来た。


 離れでは夕食の時間が終わり、食後のお茶を入れてくれたミカは、主屋に戻って行った。


 離れには、ブルーベル一人。

 ブルーベルは青いリボンがかけられた箱を持ってきて、窓際に置かれたテーブルの上に、そっと置いた。

 箱の隣には、昨日見つけた、赤いグラデーションのお花の鉢も載せられている。


 ブルーベルは、穏やかな表情で、テーブルの上に置かれた贈り物を眺めた。

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